最近に思うことの最近のブログ記事

 いつも飯山一郎氏のブログを読んで、色々な情報を得ています。
政府マスコミはほとんど何も言わないのですが、やはり関東地方ではかなり大変なことになっているようです。もう1年以上にもなるのに、かなり内部被曝量が蓄積しつつあるであろう子供たちをなぜ逃がさない(疎開させない)のか、本当に日本という国家が信じられなくなってきます。

これから続々被害者が現れても、放射能との「因果関係」は絶対に認めないような気がします。
水俣病でも、和解(完全ではない)には30年以上かかっています。

これで、原発の再稼動? みんなで真剣に反対しなければ本当に日本は滅びるような気がします。

飯山一郎氏のブログより

http://grnba.com/iiyama/

この一年、鷲が健康上もっとも用心したことは心筋梗塞だ。
「老人は放射能の影響を受けにくい」と言う学者がいるが、大間違い。
老人は、免疫力(マクロファージの数)が劣っているし、心臓の冠動脈
が詰まりやすい。
この冠動脈が詰まると心筋梗塞になり、処置が遅れると死ぬ。

実際、福島原発事故後、現職の市長の急死が相次いでいる。
過去10ヶ月間に市長6人及び、副市長1人が急死、加えて市長2人が
心不全、膀胱がんによる病気療養を理由に公務を離脱している。
福島伊達市の仁志田市長も先月、急性の心筋梗塞で県立福島医大
に救急搬送されている。
1年間に現職の市長6人が急死。 こんなことは過去にはない!

この心筋梗塞の原因について、マスコミは震災による精神的なショック
やストレスなどと報じているが、ウソである。

心筋梗塞の原因は、放射能である!

ただし、心筋細胞にセシウムが蓄積されて心筋梗塞になる...。こんな
生やさしい機序ではない。

いったい放射性物質がどんな機序で心筋梗塞を発症させるのか?
「知らない識者?」が多すぎるので、書いておきたい。

さて...、
血液が運ぶ栄養分と酸素。この三分の一は、実は心臓で消費される。
つまり心臓には大変な量の血液が流れこんでくる。
問題は、心臓の血管(冠動脈)は細いので詰まりやすいことだ。

311以降、日本人の血流に大変なことがおこった。
血液が、栄養と酸素のほかに放射性物質も運ぶことになったのだ。
この放射性物質が放射線を発射しながら血管のなかを流れる。
この放射線が、心臓の血管細胞の細胞膜を猛烈に破壊する。
すると、細胞の中からアテロームという粥状の脂肪が浸出する。
このアテロームが心筋梗塞の原因。
じつに簡単な機序なのだが、「知らない識者?」が多すぎたよーだ。

(引用終わり)

 そもそもなぜ日本は世界第4位(アメリカ・中国・インド・日本)のGDPというのに、ここまで税収が低いか。

それは「租税負担率」が低いからだ。その主な要因は1989年に消費税を導入した後、その前と比べて大企業などの法人税率を42%から30%に引き下げ、「富裕層(高額所得者)」の税率を最高60%から37%に引き下げたからだ。

特に、官僚、天下りなど高給取りの元々の原資が税金であるのにまして税率が低くなっている。消費税収は、1990年には4.5兆円から、2005 10.5兆円に増えたが、法人税は18.4兆円から12.5兆円、所得税は26兆円から14.7兆円に減少した。その結果、国の税収は60.1兆円から47兆円に落ち込んだ。今年度は40兆円を切るようだ。

したがって、国の税収を増やすためには、法人税率、高額所得者の最高税率を消費税導入前にもどすことだ。

 次に、消費税率を上げた場合だが、税率を上げても、富裕層から多くの消費税は取れない。富裕層は、収入の大半を消費税がかからない貯蓄や株・土地の購入などに使い、消費支出の割合が低い。事実、年間収入約300万円の世帯では平均86%を消費に使うが、1400万円を超える世帯では半分以下の42.7%にすぎない。

 年収1億円の人が、所得税・住民税、社会保険料などを納め、残りは貯蓄や株・土地の代金にし、2000万円を消費すると仮定すると、そのすべてを国内で使ったとしても、消費税額は5%の100万円。消費税率を10%に引き上げた場合、増税額も5%で100万円増収となる。

 一方、年収1億円の所得税率を5%上げれば、500万円の増収になり、消費税を5%あげた場合の5倍の税収になる。

 しかも、「消費税には逆進性 がある」ため、税率引き上げは、庶民に重くのしかかり、消費が低迷する可能性が高い。それはひいてはますます不況になるし、小売店なども売り上げ確保のた め価格引下げを図るので、ますますデフレが進む。それこそまさに「デフレスパイラル」に陥るだろう。

 政府の調査でも、年収に占める消費税の割合は、年収300万円の世帯で4.2%、一方、1500万円以上の世帯では1.4%にすぎないことが示されている。

 なお、一部の富裕層は、所得税だけでは「捕捉が困難」という面はあるが、これは相続税やぜいたく品に適正に課税することで補うことができる。逆進性のある消費税を引き上げることでは、「捕捉」できなく、貧富の格差を広げるだけである。

ま して一番問題なのは、非所得者(子ども、年金受給者、疾病者、身体障がい者など)からも否応なしに徴収することである。さらに言えば昨年の東日本大震災の 地域や奈良・和歌山など全国の自然災害被害者など明日の生活保障もない人達の最低限「衣・食・住」にまで税金を掛けること自体が実に悪税である。

消費税増税を図ろうとするより、この税そのものの廃止に向けてもらいたい。

消費税がもっとも嫌いなことは、子供から税金を取るからだ。

1925年(大正)の普通選挙選挙(25歳以上の男子)制度が出来るまで、納税額で選挙権が与えられていた。現在では20歳以上の男女で、納税額には問わず誰でも(一部除く)選挙が出来るが、未成年(子供)には選挙権が与えられていない。

民主主義の根底にあるものは、国民の「義務」と「権利」のはずである。

税金という義務は押し付けて、選挙権は与えない。

し かし、15歳未満ではまだ教育の途中段階であるので、選挙に対しては色々と無理があることは理解できる。まして収入も無い。(15歳未満の勤労所得は禁じ られている。)当然保護者(知人)が与える金銭で消費するのであるが、現実的には消費税は払わなければならない。立派な納税者である。

 

 会社・法人は各種の品を購入した場合、「必要経費」として利益から控除することが出来る。当然税込み金額を。

では就学中の子供だったら、学用品、文房具、書籍など、いや映画、音楽、スポーツ用品、遊び用品、IT機器などすべて人間成長過程にとって「必要経費」のはずである。

 

仮に、それらを保護者が与えた金銭で購入した場合、保護者は子供に代わって必要経費として収入から控除してもいいはずである。

 

結局そうなると、赤ちゃんのオムツ、ミルク、服、電気光熱費、食品、いや「衣・食・住」などすべて、「人間生活」の必要経費になる。

 

ま た、凶悪犯の受刑者すら納税者にもなっているといえる。子供と同様彼らには収入は無い。(懲役受刑者はいくばくか支給されるが)しかし、国家が税金で購入 し(税込み)衣・食などを与えられる。最終消費者なのだ。消費税とは「最終消費者」が支払うものである。刑務所は最終消費者ではない。

 

よって、消費税なるものは、まったくの虚税である。

 

やはり根本は、昔でいうところの「ショバ代」とするべきである。

「ショバ代」とは、祭りの縁日で出店を出すときにショバ(場所を後ろから呼ぶ隠語)代を、祭りの主催者に支払うもの。

または、博打(バクチ・賭け事)に参加するとき、負けるか勝つか分からなくとも支払う、いわゆる参加料。結局仕事をする場所が無ければ、利益も損も無いのである。

 

だから、この日本国内で稼いだらその分税金を払うのがもっともふさわしいのだ。要するに国は道路や国防、治安、ライフラインなどを、税金で作って、ショバを与えているのである。

 

もちろん、そのショバ代(所得税)の率は当然儲けの額によって決めるのは良いだろう。

そして、絶対必要品、必要品、段階的贅沢品、などと段階的に「物品税」を復活すればいい。

 

とにかく消費税は、非常におかしい税である。

■地震・津波・福島原発事故が起きてもうちょうど半年ほどが過ぎました。

ほとんど復旧はおろかますます色々な問題が増えてきています。

◆現内閣(行政)が悪いと言うだけでなく、どこ彼処に『歪み』が頂点に達してきているような気がしてなりません。

例えば、●福島県など放射線の多い所の子供たちを「避難させない」。

●3800億円近くの義援金(日赤分だけでも)がまだ800億円ほどしか支給されていない。

●仮設住宅も完全にできていない。(あれで東北の寒さに耐えられるのか)

●福島第一原発は1号機~3号機メルトダウン(メルトスルー)して、建家外で最高10シーベルト/毎時、が記録されている。(10シーベルトまでしか計れない計器で針を振り切っている)ほぼ7シーベルトで100%死亡(即死に近い。1999年の東海村3名死亡のとき約7シーベルト)。これがずっと今も出続けているのです。

●そして、福島県内はおろか、かなり広範囲まで放射能汚染が進んでいるが、乳幼児、小・中学生などがじっとそのまま暮らしています。政府は「(強制)疎開」もさせません。(先の大戦のときは政府が強制疎開させた。それは仮に戦争の勝敗に関わらず国家将来の宝だからである。=種族存続がすべての生命の最終目的)

●肉牛は、すでに3000数頭以上全国に出回っていて、ほとんど消費されてしまったころに、「出荷停止」になりました。どうして以前に検査しなかったのか。

●そろそろ新米がとれるのに、果たして放射能はどれほどなのか。ほぼ安全だという。それはそうだろう、『作付け』を許可したのだから。

●というか、今も最初少し騒がれたが、野菜、果物は、「風評被害=悪」だと言わんばかりに現在ほとんど計測数値は発表されず、かなり市場に出回っています

都心部では、九州、中国、四国の生鮮物をあさって仕入れ、そのトラックは東京で積荷を降ろし、空車で帰るのは燃料損なので、売れ残りの関東方面の野菜、果物を関西へ運んで帰る。こうして全国へ汚染は広がっている

それを『風評被害』ともいうものがいるが、実際数値をはっきり公表しないのであれば「風評」ではない。

まして『暫定(安全)基準数値」は誰が、どうやって決定したのか。

人類はまだだれも『結果』を出したことはないのである。あの、チェルノブイリでも25年以上も経ちいまだにちゃんと健康被害は続出し続けているのだ。

また、現在チェルノブイリでの暫定許容基準値は、穀物、野菜などほとんど日本の平均約10分の1に近い。

●また、原発の冷却放射能汚染水は海に流して、さらにその後大雨も降り河川からも海に流れ込んでいるだろう。とすると当然海産物、魚介類にも及んでいるだろうが、「カツオ」の水揚げがあっていたがその数値も発表されない。


●避難地域も、コンパスで輪を書いた線をずっとそのまま。●当然その線内は瓦礫もそのまま。ただ毎日、降り注いでいます。10キロ、20キロ、...あるテレビニュースでおばあさんが「うちのすぐ前の道が境目だ。1メートルしか離れていないのにここは安全なのかねー」といっていた。実際バリアーがあるわけでもないのに、まったく笑い話である。


■そして八月六日・広島、八月九日長崎の原爆記念の日がやってきました。そこでは毎年必ず「核反対」が叫ばれますが、「原発」に対しては『許容』する派がいます。

◆しかし、『核兵器』と『原子力発電』は全く同じ物なのです。それは、『原料』が同じだからです。「核廃絶」を願うのであれば、「原発」も廃絶しなければ、いつでも核兵器に転用できます。というか、今回の事故はまさしく「核兵器」だったことをことを実証しました。広島型原爆の1000倍に匹敵するのですから、広島では約20万人の人が亡くなりましたが、その時は、ウランを臨界(圧縮)にするための火薬量が4トンもあったため、ほとんどの人がその熱で亡くなったのです。だから、今回は純粋に放射能被害を200倍だと仮定しても(今後10数年かけて)約4000万の人が何らかの被害で亡くなることも想像できます。

■そうした、まさに日本歴史始まって以来の大惨事が起きているのに、まだ「電気が少なくなったら困る」とか「電気が使えなくなるから工場が外国に行ってしまう」、「レジャー産業や商業が不振になり経済が悪化する」...などと、煽っているマスコミもいます。

◆前記したいろんな迅速な対処や農水産物もほとんど放置?していること、各種の「誘導」も、おそらく、その「出所」は政府(行政・官僚=マスコミ)だと確信します。結局、農業、漁業など「実害」の予測を元に非難させたらその保障が膨大だから、とにかくできるだけ『自分たちで経済活動をさせよう』という魂胆ではないのか

まさに「経済のためなら国民の命などどうでもいい」といっているような気がしてならない。(これは実際そうなのだ。というか、明治以来どうしようもないのである。そのうちその理由を書きたい)


 だからこのような政策では、こんな小さな国土の日本は、全国民が滅亡するかもしれないのである。

しかし、政府(支配者連中)は、10年、いや50年後、100年後の日本など自分はどうせ死んでいるからと考えているとしか思えない

今の子供たち、いやその子供たち、孫、その孫、彼らのことは考えていないのだ

これほどひどい国家為政者は考えられない実際自分は死んだ後のことかもしれないが、その自分が今存在しているのは誰のおかげなのか。

ずっと営々と数万年前の先祖からの「命の連鎖」ではないのか。

あなたは決して草むらや土の中からポット生まれてきたのではない。

その時代時代の先祖たちが、戦い、自然災害、人的争いなどのサバイバルを経てきて、あなたにつながっているということをなぜ分かろうとしないのか。


指導者たちは、そのことを心におくなら決してその『種』を絶やすことは出来ないのである。ややもすると明治以降ずっと日本は『種』の存続に危ぶまれてきた。

『悪魔』に心を奪われてはならない。そして今現代の地球の『悪魔』の存在を目を凝らして知るべきである。これは決して宗教・哲学論的悪魔ではなく実際生きた『人間悪魔(集団)』のことである。






 近代、地球人類は資本主義と共産主義の二つの陣営で「選択」を模索してきて、近現代共産主義はほとんど敗退してきた。(中国共産党は異質)

 今回の原子力発電事故は、資本主義における経済を採るか、人間の健康安全をとるかという究極の選択になっていると思う。
それは、日本の電力、医療、燃料などを国営にしたらどうかと思うのだ。
 
 東電は今の収支を維持するためには「停電」をしたら、当然売り上げが落ちるので、リストラするか、値上げしかないだろう。
もちろん国民が節電を努力しても結果は同じだ。それだけ売り上げが落ちる。

 だから、停電しても節電しても東電は困るのである。

そして単純に言えば、...例えば「自動販売機」「ネオンサイン」「ナイター」「深夜営業のコンビに」「パチンコ」「公営ギャンブル」「ゲームセンター」「風俗店」...人間が最低生きていくのに果たして必要なのか。
いや、それらに従事している人たちにとっては大打撃になる。

それは資本主義(自由経済主義)だからだ。まったく、「風が吹けば桶屋が儲かる」的連鎖が起きる。

だから、自由経済社会の中では「必要」「不必要」の線引きは出来ない。

では、共産社会ではどうだろうか。

すべてを国営にして、「必要」「不必要」を国民が選択し、不必要なものと選択した事業に従事する人たちを、必要な事業に振り分けて、いわゆる生きていく保障をしつつ雇用する。またみんなで助け合いながらやっていく。そうした社会は実現できないのだろうか。

いや、私が理想としているのは、ユダヤ人であるマルクスが思索した「共産主義」ではない。
恐らく、現実は知ることは出来ないが、約1万年近く続いた日本の「縄文時代」のようなものである。
もちろん、現代の科学・文化はそのまま恩恵にこうむるのであるから、思想・心理のみを縄文時代に学べば夢のような社会になるのではないだろうか。

 私が60歳を越した(もう余り人生が長くない)から、そんなことが言えるのかもしれないが、なぜか若い(中学生)ときから私はそんなことを考えていた。

それをよく母は「お前は欲がない、みんなに負けてはならない」と叱った。そして「お前は共産党みたいだ」といった。
しかし、その性格で生きてきた自分だが、かなり幸せな人生だと思っている。

おそらく、これは夢のような考えだとは思うが、少しずつでもいいので、この機にに変わって(戻って=当時の農・漁村田舎はまるで共産主義だった)欲しいと思っている。

余談だが、以前数年間、私の昭和40年代のふるさとの子供の風景イラストが、「東電ソフトウェアー」の社内報の表紙を飾っていた。

あの、風景を採用した東電は心の中では、あの日本の原風景を取り戻したいと願っていたのではないだろうか。

それを、アメリカ、日本の一部の政治家などによって、原子力発電をしていることへの「罪悪感」を、薄らぐため私の、屈託のない子供たちの笑顔を採用したのではないかと、今思っている。

 1、からの続き。

 だから、あの悲惨さを見て、楽しく遊ぶ子供たちの絵を描く気になれず(というか、今は描けなくなりました)
 今までの各種自然災害のときの避難所で、水、食料、ガスなどがなく避難後が大変な状況になる様子が報道されていました。

 そこで、「花峰」の「原賀隆一の昔遊び教室」コーナーは、「ふるさと子供シリーズ」に描いていたいろんな「野外活動ごっこ」から抜粋して掲載しようと思い、急きょ「サバイバルごっこ」にしました。

文章もこんな感じです。〔一部省略〕紙面がA41ページですので、レイアウトは違います。


 西日本では直接大きな被害はありませんでしたが、日本列島はいつどこでも起きる地質条件の上にあります。もし自分にこのような災害が降りかかったとき、機敏な対応で逃れる行動ができるかです。そして幸いに助かってもその後のサバイバル(生存)行動が重要になりますが、パニックになることが多いのです。現代では電気、ガス、水道いわゆるライフラインがなければ何もできないような生活に慣らされているからです。そうならないためには、普段からその様な状況を想定しながらいろんな経験をしておくことが大切だと思います。

 幼い頃、自然のいろんな「道草」を実際に食べたものです。もちろん大災害の時、こんな草だけ食べて長く過ごすことはできないかも知れませんが、結構ミネラルや水分は豊富ですので、「食べられるもの」を知っておくことは役に立つでしょう。

 もっとも大切なものは「水」ですが、いざとなれば川、池、最悪は穴をほって地下水を探してでも、沸かして殺菌できます。そのためには「火」をおこす(燃やす)ことも必要になります。すると煮炊きもできます。

また、被災地では子供達の体調が悪くなる原因として、トイレ(仮設)が不快で排泄できず食欲がなくなるとのこと。結局、生きるためにはいろいろと体験しておくことです。


■食べられる植物

1道草.jpg

■野外炊飯■かまどつくり■火の燃やし方■飯ごう・鍋炊飯
これらの材料は、あくまで平常時に「野外活動」のとき持って行った物ですので、今回のように大災害が起きてからはなかなか揃えることは出来ないでしょうが、「ライフライン」が遮断されているときで、まだなんとか使えるものが見つかれば役に立つでしょう。

鍋にはトタン板や大きめの空き缶なども使えます。

2野外炊飯.jpg

3飯盒.jpg



■竹筒炊飯〔もちろん湯沸しなら簡単に出来ます〕竹は殺菌効果もある。
4竹炊飯.jpg
■紙で湯沸し
お湯だけ沸かすのなら、紙でも出来ます。〔煮炊きは出来ない〕
カップめんやミルクなどを作るときはいいです。
5.紙で湯沸かし.jpg
そして、やっぱりトイレが問題になるのですが、私たちが幼いころは我慢ならないときは野山、川ででもやったものです。臭いが気になるときは、このときだけ「口呼吸」をする。
※本当はウンチの色・形状・臭いは健康状態のバロメーターですから、観察するのも大切です。もちろん小便も。

6トイレ.jpg
 ただし、大災害が起きてしまってから、急にこれらをやり始めてもなかなかうまくいかないかもしれませんので、平時のときから体験しておくことがいいでしょう。また、「覚悟」しておくことが大事だと思います。

 平成23年3月11日午後3時頃、関東・東北地方に日本観測史上最大のM90の大地震が起きました。直後、太平洋沿岸地域は未曾有の津波が襲い、筆舌に尽くせない大災害、さらに原子力発電所の爆発、停止で関東地方は電力不足となりました。被災地には心からお見舞い申し上げます。

 私はちょうどそのとき、

福岡市のエディットオフィス「瓢箪座(中野由紀様)」 http://www.hyoutanza.com からのご依頼で、

福岡県糟屋郡新宮町「花峰クラブ」(野元多津子会長)会報誌の1ページ〔年間4回〕の仕事をしていました。

事務所のテレビで国会中継を見ながら、ご依頼の「春号・草花遊び」のイラストを描いていたのです。

すると、突然予算委員会室のシャンデリアが大きく揺れ始め、菅総理や与謝野大臣たちが天井を見て驚いていました。

その瞬間テレビの画面はパッと切り替わり、「地震速報」となり、東北地方の各地の海岸〔港町など〕が映し出され、「津波警報」が出て、大体20数分後に到達でした。

そのときは、地震そのものの被害(阪神・淡路大地震のときのようなビルの崩壊など)はほとんど見られなかったので、私は「いつもこんな風に津波警報を出すが、せいぜい港の岸壁が浸かる程度じゃないかな」と妻に言いながら見ていました。

しかし、警報では約10メートルというところもあるように表示してあり、「えーっ、10メートルといったら我が家の屋根を越すじゃないか。そんな津波なんて、いつも少しオーバーに言うんだ」と画面を見ていました。そして、「ほらもう時間になったじゃないか。あー少し上がってきた......あっ、すごいすごい、あんな大きな船が流されている。あー、もうあの魚市場の1階は屋根まで来たー、わー、堤防を越した、家が流れている。」

見る見る間に街を押し流して陸地を上がって行きました。

今までいろんなSFパニック映画を見たけど、こんなすさまじいシーンは初めて見ました。

それは恐らく、いろんな監督もここまでのシーンは想像出来なかったからだと思います。

ところがこれが目の前で「現実」に起こっているのです。それまで絵を描いていた右手が小さく震えるのを感じました。もちろんもう絵を描くこともできなくなり、 テレビの実況画面に釘付けになりました。

それから、まるでドミノ倒しのように平野を、家や車、船などを飲み込みながら、ものすごいスピードで押し進んでいくのです。(あれは誰が撮影していたのでしょうか。ヘリの画面)

各地の実況中継が約30分間ほど続いたでしょうか。やっと止まっていきました。

※数日経ってから、横一直線になって白く波打ちながら第2波がやってきている画面が映し出されますが、あれは海岸までで陸地までは上がりません。(いかにもあの津波が襲ったかのように編集されています)最初のすさまじい津波はジわーっと押し寄せてきてみる見る間に大きな圧力に変わったのです。

 もうその日は仕事をする気にはなれなかったのですが、そのページの納期が15日ぐらいに迫っていますので、しなければならないのですが、最初のご依頼〔希望〕が「春の花遊び」ですので、子供達が野原で楽しそうに笑って遊んでいる光景と遊び方を予定していました。〔2へ続く〕


今私の友人からムービーが転送されてきました。

 

 今度の大地震災害を世界中の人達が応援している映画です。

 

 

  http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc

 

 

今現在は、陰謀説などとりあえず考えても仕方がないときではないでしょうか。もう起きてしまったのですから。これから日本がどうするかにかかっていると思います。

日本の素晴らしい「自然」を取り戻し永遠に残したいものです。

 

自然と相対するのが「人工」です。人工物は多くが「ウソ」で固められ、すべていつか必ず壊れます。もちろんお金も原子力発電、政府なども人工物です。

 

 

 ラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn)小泉八雲が「極東の将来」と題して、熊本(五高=現・熊本大学)最後の講演(明治27年)を行なったその一部に次の文章が出ています。

 

"Nature is a great economistShe makes no mistakes

The fittest to survive are those best able to live with her

And to be content with a little. Such is the law of the universe."

 

『自然は最も偉大な節約家である。それは絶対にミスをおかさない。

最後まで生き残れる人は、最も上手に自然とともに生きて行ける人たちであり

少しで満足することができる人たちである。

すなわち、これが天地万物の法則である。』

 

 そして、この講演の締めくくりに「簡易・善良・素朴(そして賛沢を憎む)」という『熊本スピリッツ』が出てきます。

 

 人間も「自然の一員」であることを忘れないようにしたいものです。

13回日本自費出版文化賞

目的


我が国では毎年膨大な数の自費出版物が刊行され、一般書籍と並ぶ出版文化の重要な担い手になっています。自費出版物の中には貴重なものが多数ある筈ですが、それらは我が国の書籍流通機構に乗ることが出来ず、著者の苦心が報いられることは極めて少ないのが現状です。日本自費出版文化賞は、自費出版データの蓄積・公開活動と連動しながら、自費出版物に光を当て、著者の功績を讃え、かつ自費出版の再評価、活性化を促進しようとするものです。

応募資格


著者(個人、団体)が制作費用の全額または一部を私費で負担し、日本国内で出版され、主として日本語で書かれた書籍。著者の国籍は問いません(出版年度の制限については毎年決めています)。

  • いわゆる協力出版あるいは共同出版という方法も実際には製作費用を著者がほとんど全額負担しているもので、上記の範囲に入ります。
  • 定価のついていない(いわゆる非売品)も応募できます
  • ISBNコード(国際図書流通コード)の有無にかかわらず、応募できます。
  • 発行者(所)、印刷所は日本国内であれば資格・所属を問いません
  • 書籍単位ですので、違う書籍であれば(著者が同じ場合でも)何冊でも応募できます。

募集部門

 

1.地域文化部門

郷土史、地域誌、民俗記録、地域人物伝、記念誌等

2.個人誌部門

自分史、一族史、追悼集、遺稿集、旅行記、趣味等

3.文芸部門

A:小説、戯曲、詩集、エッセー、童話等
B:歌集、句集

4.研究・評論部門

研究発表(人文、歴史、法律、経済、社会、理工、他)、評論、評伝等

5.グラフィック部門

画集、写真集、絵本等

     

    選考

    ・第1次選考
     応募書籍全てを対象に行い、300400点を選出します。選出された書籍が第2次選考会に送られます。


    ・第2次選考
     各部門約10点程度を「部門入選」として選出します。この選出作品は、最終選考委員会に送られます。

    ・最終選考
     9月上旬に最終選考委員会を開催し、大賞、部門賞、特別賞等を決定します。

    東京都中央区日本橋小伝馬町7-16 日本自費出版文化賞事務局

    ================================

    といった内容の賞ですが、・地域文化部門に「ふるさと子供グラフティ」(新装版)を応募しました。全国からの応募数は以下のとおりでした。

    部門

    応募点数

    ・地域文化部門

     91

    ・個人誌部門

     137

    ・小説エッセイ部門

     172

    ・詩歌部門

     85

    ・研究・評論部門

     97

    ・グラフィック部門

     59

     合計 

     641

     

    そして、7月14日、2次選考会で、120点ほどの「入選作」が選ばれ、その中に入ったとの知らせがきました。

    ちょうどその日は福岡県大木町に「遊び指導」に行って帰ったら、はがきが来ていたのです。

    そして、本日(9月1日)最終審査が行われ、午後6時ごろ、東京の事務局から「特別賞」受賞の知らせが入りました。

    本当は、初版がちょうど「第13回熊本日日新聞社出版文化賞」を受賞したので、その「新装版」が「第13回日本自費出版大賞」で、

    どちらも13回、最終審査日が私の「還暦・誕生日9月1日」なので

    「大賞」が欲しかったのですが、やはり全国の600数点の中からですので、そううまく話が運ばなかったようです。

    しかし、「特別賞」ですから、誠ににうれしく名誉ある誕生日プレゼントになりました。

    今夜のビールは格別です。

     

     

 私は自分の人生を実に楽しく生きていると感じています。
 それは、人と比べたり、羨ましがることをしないからだろうと思います。「自分のため、人のため」という生き方が好きです。

『人生の意味』THE PURPOSE OF YOUR LIFE
キャロル・アドリエンヌ・著 住友進・訳訳(なわ・ふみひろ氏紹介)ですが、自分の人生を考えたとき、おこがましいようですがほとんど同意しますので引用しました。
....................................................................................
 人間はジレンマにも陥ります。果たすべき義務があるのに、それが何であるかを理解できないためです。人間はこの世の中に目的を持って生まれてきたことに気づいています。ところが、合理的な考えでは説明のつかない神秘的なものが存在しているのに気づかなかったり、世の中は弱肉強食の世界だと吹き込まれて育ってきたとしたら、人生の目的はこの世の中のシステムで勝ち抜くことだけのように思えてきます。

 このような考えにがんじがらめにされていると、毎朝4時に目を覚まし、まだ自分が手にしていない物質、評価、成功、家族や友人からの敬意などについてあれこれ考え、頭を抱え込むことになってしまうでしょう。しかし、このような呪縛からのがれることで、知識、人への奉仕、自分の居場所の発見に対する意欲も生まれ、愛、美、音楽、自然の静寂に対するあこがれも芽生えてくるのです。

 この世の中に、何の目的もなく生まれてくる人間などひとりもいません。私の知っているある人が「この世に生まれてくるチャンスをつかもうと、何万もの魂が競い合っている」と言ったことがあります。それが真実だとするなら、あなたは熾烈な競争に勝ち残り、エリートとしてこの世に送り込まれてきた存在なのです。

 あなたの魂は、すでにさまざまな前世を生き、多くの人間模様を眺めてきたかもしれません。しかし、この世の中に再び生まれてきたのは、果たさなくてはいけないひとつの目的があるからなのです。地図も羅針盤もなく、この世に放り出されたわけではけっしてありません。
 私たちは「自分はこの人生で何をなすべきなのだろう」と、ふと思うことがあります。そんな疑問が浮かんでくるのは、あなたの天職、才能、個性が、すぐ手の届く場所に隠されているからです。

 しかし私たちは、その場所にたどり着くためには、権力をもつ人物の力が必要だと考えがちです。その人物に目的の場所まで連れて行ってもらえれば、お金で苦労することもなくなり、道を横切る人たちから敬意を払われるようになると信じているからです。勤勉に働き、幸運に恵まれ、名声を獲得しさえすれば、自分のこれまでの苦労は報われるのだと。
 その願いがかなえられないとなると、自分は価値のない人間だと思い、絶望感に陥ってしまいます。気落ちしてしまうと、「親が自分の才能をきちんと見抜いて育ててくれたなら、芸能界の人気者にも、著名な作家や発明家にもなれたのに」と、愚痴をこぼしはじめるのです。
 人間は人生の「目的」を自分の外に設定し、やがてそれを達成不可能なものに祭り上げていきます。何か驚くべき幸運にでも恵まれないかぎりは、自分の人生はこれ以上うまくはいかないと、自分を責めてしまうのです。

 しかし、人生の目的とは、所有物、地位、職業、肩書きとはまるで関係がありません。才能でさえないと言い切ってもかまわないでしょう。大切なのはどんな職業についているかではなく、どんな生き方をするかなのです。そして、本来のあるべき自分の姿に戻ろうと決意すれば、一瞬一瞬に自分の本当の目的が見つかるようになるはずです。

●人生の目的

(中略)

 大雑把にいえば、人生の目的を次の要素にまとめることができるでしょう。

(1)人生の目的は、内在するエネルギーを自分にとって重要な方向に導き、人生を形作ってくれるものである。

(2)すべての人間は、誕生した瞬間から、人生の目的を実現してくれる人、場所、出来事を引き寄せる磁石を心の中に所有してる。

(3)人生の目的は少しずつ明らかになっていく。目標を定めたり、特定の日時までに目標を明確にしようといくらがんばっても、人生の目的は見えてこない。

(4)人生の目的は、深く、豊かな、無条件の愛を学ぶことである。

(5)人生の目的は、信念、信頼、勇気、寛容といった特性を磨くことである。

(6)人生の目的は、ほかの人の精神性を高める手助けをすることである。

(7)人生の目的は、未解決の問題をもっている他の魂を助けることである。

(8)人生の目的は、時間を忘れるくらい没頭できる活動のなかに見つけられる。

(9)人生の目的は、心の傷をいやすために引っ越した土地で見つかる可能性がある。

(10)人生の目的は、日常の作業をしているときに見つかることもある。また、森の中で突然霊感を得たり、臨死体験のような超越的な出来事を体験したりすることで、自分より大きな存在との一体感を感じたあとで見つかることもある。

(11)人生の目的とは、今という瞬間を精一杯、誠実に生きることである。

(引用終わり)

 今日(2月12日)衆院予算委員会を見ていたらで、自民党の与謝野議員が質問に当たり、鳩山首相に「あなたは平成の脱税王なんです。もうあなたは総理大臣をしている資格がないんです」、またみんなの党の江田議員、公明党の議員みんなが、一国の元首を犯罪者と決め付けた発言をしていたが、あれは明らかに名誉毀損ではないだろうか。

 まあ、子供は学校に言っているから良いものの、もし子供が見たら何と思うだろうか。日本の総理大臣は「脱税王だって」と学校で言うかもしれない。

 

(私の『ふるさと子供ウィズダム(知恵)』の『ままごと』のページに書いているのですが、私は子供の頃、日本でいちばん偉い人は天皇陛下で、2番目が総理大臣だと思っていました。)

 

そもそも、いつ脱税罪で起訴、有罪判決が出たのか。

 首相は本当に知らなかったというのだから、脱税の犯罪性は立証できない。

 

 実は私自身、20数年前突然、税務署の監査が入った経験がある。一部申告漏れがあったのだ。すでに1年近く経っていて、全く気づかなかった。そこで修正申告してその分の税金を払うことで、追徴税も無くもちろん書類送検も裁判所にも行かず、前科1犯でもない。

 このような件はつい忘れたり、全く知らないことは往々にしてある。殺人、強盗など凶悪犯罪とは違う。

 

 まして、今回鳩山首相の場合、生活に困って母から贈与を受けたのではなく、母親が親心として息子の政治活動に援助したお金を秘書が、贈与税がかからないように事務処理したのだろう。例えば「鳩山氏にもお母様にもご迷惑がかからないように処理しますのでご安心ください」とか言ったかも知れない。

 

 では、秘書は確信犯なのか。そうとも言えまい。ご主人のために考えるのが秘書の役目であり、彼が一人でやったのならいわば「秘書の鏡」である。

逆にそれを、きちんと税務署に届け丸まる贈与税を支払うとするなら、それは鳩山首相の場合でなくとも、会社にしても秘書は背任行為である。それは脱税ではなく各種の合法的な減税・免税の方法があるので、それらを駆使するのが事務屋本来の姿なのだ。

 

また、単純な満額贈与税を支払うつもりなら、事前に母親にきちんと説明すべきである。もし説明したら、母親もそのような杜撰な贈与はしなかったかもしれない。おそらく「きちんと処理をする」約束をしたから援助したのだろう。

弟の鳩山邦夫議員(自民党)も同額贈与を受けていたというが、それは満額贈与税を払っていたのだろうか。払っていたなら、その時点で彼は兄に「贈与税は申告したの?」と注意すべきでしょう。邦夫氏も今度のことが発覚してから贈与税を払ったとするなら、こちらも、与謝野議員は議員辞職を勧告しなければならないだろう。

 

 ということは、母親が、それを知って贈与したから、確信犯なのか。いやそれはない。贈与税というのはあくまでもらった側が払うものだから、秘書がきちんと処理すると約束したのであれば何の罪も無い。

 

 結局今回の贈与が判明し、鳩山首相はその分の贈与税を支払うことで、この件は完全に終わったのである。

 

 今から始まるのは、野党の国家元首に対して「犯罪者呼ばわり」や、一部マスコミ関係の小沢幹事長、鳩山首相に対する犯罪者と思わせるような世論操作?に対する名誉毀損だ。

 

 それはそうと、麻生前総理のときは「漢字」の読み間違いなどをこれでもかこれでもかと攻めまくったマスコミが、今度は小沢・鳩山首相を引き摺り下ろそうとする。

マスコミは一体どのような政権を期待しているのだろうか。

 なぜ「国会は警察ではない。早く予算審議を始めて欲しい。」などと、言わないのか。

 

そして、何度も言うが、日本人はどうしてそんなにせっかち?なのか。「今までの政治はいやだ」と政権交代を望んで、半年でパッと『ばら色』の世の中に成るはずが無い。今まで60数年間苦しんできたのだから、もう少し様子を見ましょうよ、と言いたい。

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