遊び・風習ごっこ教室の最近のブログ記事

 5月4日・5日(こどもの日)の2日間、宇城市豊野町の『アグリパーク豊野』で午前10時から閉館の午後5時近くまで遊びました。

ここは、農産物の生産者直売所があって、多くのお客様が新鮮で安心な野菜や果物を求めてやってこられます。新鮮な野菜や花、苗、漬物などの加工品がびっくりするほど安くてお客様が多いはずですね。

そこの前のウッドデッキの広場で、私たち夫婦が子供連れのお客様に『昔遊び』を教えたり、みなさん自分たちでいろいろ作ったりして遊びました。

4日は、簡単に作れる『竹笛』をいろんな種類、竹の『マイ箸』、『紙トンボ(竹とんぼを紙とストローで作る)』などなどで遊びました。みんな本当に楽しそうでした。

 

1,トンボ.jpg 2,トンボ.jpg

←飛ぶかな?

 

飛ばなかった→

 

 

 

 

竹笛で遊ぶ子供たち→3,竹笛、姉弟.jpg5日こどもの日は、私は色紙に『子供似顔絵』描きをして、妻はその横で4日と同じようにいろんな昔遊びをして遊びました。

 

4,似顔絵書き.jpg 5,北畑.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

7,宮崎姉妹.jpg 8端羽兄弟.jpg

 

 

 

 

 

 似顔絵描きをはじめたら、次々に人が集まってきて、順番待ちが多くなり私もついついあせって(一人当たり10分程度)描いたので、なかにはあんまり似ていない子もいたのですが、みんな優しく、「わーそっくり、ありがとうございます。こどもの日の大きな記念になりました」と缶コーヒーなどプレゼントしてくれました。

また一般のお客様たちも、私の描くところを見ては「うまいなー」とか「すごい」と褒めてくれて、

私もとても気分がよくなりました。

 

6,明石君.jpg 明石君はここのすぐ近所に住んでいるとのことで、5人兄弟がいて、次々にやってきて、今日はいないお姉さんとお兄さんの写真まで持ってきて描いて欲しいと頼んだので最後に書いてあげました。

すべて「無料」でした。「アグリパーク豊野」様が、子供たちに楽しんでもらいたいとのことで私たちに謝金を出してご依頼されたのです。

 5時近くになり、施設も閉店するので帰る準備をしていたら、そこの一番小さな5,6歳?の女の子が「今お母さんがケーキを焼いているから、すぐに持ってくるから待ってて」と走ってきました。

すぐにお母さんが手作りのロールケーキを持って、「みんなの似顔絵を描いていただきありがとうございました」とお礼を言いにこられました。

帰って食べたら、私は本来洋菓子が苦手なのですが、自然な甘さと豊野のイチゴがたっぷり入って、とてもおいしく、いっぱい食べました。

 

子供たちから、「こんどはいつくるの?」と期待されましたので、そのうちまた来るねと答えました。

私たちが、いい「こどもの日」を過ごしました。

 

 

 

 

 

 9月11日(金)、熊本県八代市昭和明徴町の社会福祉法人・昭和福祉会『昭和保育園』(園長・谷江美子様)のところから、『昔遊びの講習会』に私達夫婦で出かけました。

 8月中ごろ、谷園長から、「もう20年ほど続けている『祖父母の会』で、園児と祖父母と一緒に遊べるような遊と、少し昔の子供のお話しもしてほしい」とのご依頼でした。

 そのとき「どんな遊びをしてくれますか?」と聞かれ、私は最初、竹笛がいいのですが、と言ったので準備(女竹など)を進めていただいていたのですが、いろいろ考えたら、祖父母と園児では、竹笛は『小刀』を使うのでやはりちょっと危ないかなと思って急遽、クリップを使った『UFOキャッチャー』(過去ブログで紹介)と、竹とんぼの羽の部分を厚紙にし、軸をストローで作る『紙トンボ』にすることにしました。(全体の時間が1時間30分ぐらいしかないので余り手が込んだのは作れないと思った)

  午前9時からだったので、私の事務所からすぐ近くの『益城・空港インター』から高速道路を通っても約1時間ちょっとかかるだろうと思い、7時40分ごろにスタートしました。

 八代インターを降りるて、『臨港線』をどんどん八代港のほうへ向かうのですが、実はこの道路は20年ほど前はしょっちゅう通った道なのです。その頃はまだほとんど建物は無くただ広い道が一直線に走っていました。そんなところにぽつんと大きな建物があり、そこに『新聞折込・広告チラシ』の原稿をもらい、商品撮影をしに来ていたのです。(その店の開店からのお客様でした)その後、当店の業務内容の変化や、その会社の方針などもあり、うちではチラシを作らなくなりました。

 そんなことを思い出しているうちに、開店当時と変わらないロゴで、ホームセンター『フナツ』さんのずいぶん大きくなった建物が見えてきました。船津社長ご夫婦がとにかく勤勉で、年中無休で実に心の温かいご商売をされていたので、こんなにも大きくなられたんだと喜びました。ぜひ帰りに立ち寄ってごあいさつしようと、妻に言いました。(結局、違う帰り道を通ったので、お寄りしませんでした)

 園に着くと、80歳になられるとは信じられないように若くて美しくお元気な谷園長が迎えてくれました。 

 昭和保育園のあるところは、回りはほとんど広々とした田園とビニールハウスが広がる農業地帯で、昭和というぐらいで、海を埋め立ててできた農業地帯です。米、イ草、野菜(トマト、イチゴなど)など八代の代表的な農産物をかなりまかなっているところです。園児のほとんどが農家の子だとのことで、当然おじいちゃんおばあちゃんたちもです。私も農家育ちだったから、自然相手の遊びや農作業のお手伝いしてきたことが大人になっていろいろ役に立ったのだから、みんなきっと素直な園児だろうと期待しました。

 そして『祖父母の会』いわゆるおじいちゃん、おばあちゃん方もみんなそろっておられて、早速大きな教室に入りました。

 ところが『祖父母』とは言っても皆さん方かなり若いのです。良く考えてみると、自分も当然おじいさんおばあさんの年齢なのですから。私はいつも子供の頃の絵を書いたり、遊んだりしているので自分だけはまだ若いという気になっていました。

 まず、少し『なぜ子供の頃には遊びをたくさんすると良いのか』というようなことを話しました。

  1前頭前野脳.jpg

 「いっぱい遊ぶと、脳の前頭前野という、いろんなことを考えるところがものすごく活発になってくる」

「ここが、ゲームやアニメなどいっぱいやっていると、だんだん活動しなくなる『ゲーム脳』になるそうです」

「だからいっぱい遊びましょ」といったことを簡単に言って、(時間の都合もあり)早速工作遊びをしました。

 

 

3おばあちゃんと一緒、.jpg 2真知子指導.jpg

 

 

 

 

 

 

 

まずは、UFOキャッチャー。  「クリップをつなぐのも『知恵の輪』みたいで、結構頭の体操になるでしょ』  しばらくするとあちこちでできあがって、回転させながら飴をキャッチ(ちょうど写真が無い)。歓声が上がりました。

次に、紙とんぼ。

4紙とんぼ指導.jpgのサムネール画像 作り方がかんたんで、よく飛ぶのでみんなとてもおもしろがっていました。

紙とんぼ飛ばせ.jpgのサムネール画像  

 

 

 

 

 

 

 

 

  紙トンボで軸に使ったストローを少し切っていたもので、 『ビービー笛』を作る。

  6昭和,笛.jpgのサムネール画像 「ほら、なったよ」と、鳴らせてみせました。 笛を吹くことで『肺活力』を鍛えよう。『肺』が強くなると、頭が良くなるし、全身健康になるんですよ。

 

7昭和,笛.jpgのサムネール画像のサムネール画像  

 やはり、皆さん都会の中と違って自然に囲まれて暮らしておられるのでとても上手で、園児たちも(今までいろんなところに出かけたが)とても明るく、器用で元気ものばかりでした。

遊びが終わると、おばあちゃんおじいちゃんと一緒に食事会をされていました。

 私たちも園長質でおいしい、おすしご飯をいただきました。

 そんなふうで短い時間でしたが、楽しい時間を過ごさせていただきました。

 帰り道は、高速道路を使わず、八代平野の田園風景を眺めながらゆっくり帰りましたが、帰宅したときは午後1時前でしたので、行くとき所要した時間とほぼ一緒でした。

 

8竹器作り6.jpg 

 

8月7日に、阿蘇郡西原村の「風の里」キャンプ場に、パナソニック九州(労働組合)の社員ご家族約150名様(子供4,50名)たちが、福利厚生の一環として、1日借り切りでキャンプに来られました。

 私はここのキャンプ場を管理している「西原村商工会」の仕事を以前からやっていたので、ご予約のとき「だれか遊びの指導などをしてくれる人はいませんか」との問い合わせがあったそうで、私に打診がありました。

 私は、現代の子供たちにできるだけ自然の中で遊んでほしいと思っていますので、快く引き受けました。事前に代表の方たち数名が「下見」に来られ、そのとき私も現地で「どんな遊びをするか」を話し合いました。

 私がいくつかの遊びを紹介すると、「竹の器」や「箸(はし)つくり」などがいいということになりました。

 事前にキャンプ場の管理人さんたちが近くの竹山から、私が「これくらいの竹がいいです」といった竹をたくさん切っていてもらいました。

 当日、私達夫婦は、「風の里」キャンプ場に行くと、たくさんの子供やお父さんお母さんたちが来られていました。最初にちょっとした挨拶で、「今日1日いろんなことで不便だと思うかもしれませんが、その不便さを味わうことでお父さんやお母さんが働いているパナソニックの製品がいかに便利なものかがわかるでしょう。」と、ちょっとパナソニックを「持ち上げ」ました。

 本当は「松下幸之助氏」は子供のときからこんな自然の中でいろいろ工夫して育ったから、あんな世界一の会社になったんですよ」とか言いたかったのですが、早く遊びたかったのかすっかり忘れてしまっていました。そして、「今日はこのようなものを皆さんで作りましょう」と作業に入りました。

0食卓用品.jpg

 マイはし(長いのは、菜ばし)、カレー皿、スプーン、おわん(これはあまりできなかった)、枝つきカップ(飲み物、そうめんのつゆ入れ)などをみんな一所懸命作りました。

竹器作り3.jpg

 

9竹器作り.jpg

 みんな頑張ったので大体子供たちの分はできました。すると今度はお父さんお母さんたちも自分の分を作り出しましたので、私たちは「竹笛」を作ってあげました。

 そして夕方みんなは芝生の大広場(野外円形ステージ中央)でバーベキューが始まりました。私たちも誘われたのですが、「飲酒運転になるので、早く帰ってビールを飲みたいですから」と、約25分ぐらいの自宅へ帰りました。(ありがたく謝礼金も戴きました)

 みんなはその後夜には、キャンプファイヤー、花火大会などをして楽しむとのこと。そして、テントやロッジで宿泊。朝は竹を割った樋で「そうめん流し」をして、十時解散で、各自阿蘇観光などしたり帰宅するそうです。

最先端の会社なのに、夏休みの家族旅行をこういうところで、家族そろってテントで寝るなんて、素晴らしい親子だと思いました。 最先端の会社なのに、夏休みの家族旅行をこういうところで、家族そろってテントで寝るなんて、素晴らしい親子だと思いました。

 

 

5竹器一式.jpg

  緑を残したいときは、使ったあと洗って水分を拭き、冷凍庫に入れておき、使ったらまたそうしておくと、2年ほどは緑のままです。

 なぜ、『肥後の守(ひごのかみ)タイプ』と書いたのかと言うと、これは兵庫県の、ある刃物メーカーの『登録商標』だからです。

 私たちが幼い頃(熊本県北部)では誰も『肥後の守』と言っていたものはいませんでした。普通に『小刀』(こがたな)と呼んでいました。わりと成長してから(高校時代)大人や友人たちから『肥後の守』と言う名を耳にするようになりました。

 そして、私もついつい?小刀を『肥後の守』と言うことが多くなりました。

 これは、『匙(さじ)』を『スプーン』と言うようにしたときと同じような感じです。何かしら、『小刀』と言うと田舎者のような感じがしたのです。 小刀、肥後の守.jpg 

そういえば、その頃(1960年代後半)幼い頃呼んでいた品名がいろいろ変わり、そんな感じにさせられるのがたくさんありました。

・ジーパン...ジーンズ ・チョッキ...ベスト

・とっくりシャツ...タートルネック ・ズボン...パンツ、スラックス  

・「さるまた」またはパンツ...トランクス、ブリーフ  ・靴下...ソックス  ・トレパン...ジャージ

・バンド...ベルト  ・ジャンバー...ブルゾン  ・丸首シャツ...Tシャツ  ・寝巻き...パジャマ 

・ライスカレー...カレーライス ・雨ガッパ...レインコート ・運動靴...シューズ などなどが思いつきますが、これらはほとんど、日本語が外国語に変わったり、外来語(和製英語?)が本当の英語になったりしたものが多いようです。

 では『小刀』が『肥後の守』に変わったのとはどうもニュアンスが違います。ところが、これに近いのが、もうちょっと後の話ですが、『コピー』(複写)することを『ゼロックスする』と言うようになったのと似ています。

 要するに『ブランド』名が『品名』になったというものです。その頃は上記のような『外来語』がいわゆる『おしゃれ』な感覚であり、同時に『ブランド』(登録商標)と言うのが席巻して来た時代です。

 高校生時代、私服では「VAN」や「JUN」とかを着てないとそとは歩けないほどのものでした。

 そんななか、「小刀」と言えば「(一流)メーカー」品ではなく、単に「カマ」、「ナタ」、「クワ」とか言ってるようなものです。そこで誰からとも無くブランド名である『肥後の守』と言うのが表に出てきたような気がします。すると、なにか日本刀の銘のような感じまでするのです。

 そこで実際は、あの形の小刀は必ず『肥後の守』と銘打ってあるのかというと熊本ではほとんど少ないのです。『肥後喜久丸』、肥後の王様』、『肥後の守定駒』、『肥後浮丸』、『一刀流』などが多く、形はほとんど同じです。

 本当の『登録商標・肥後の守』は、肥後(熊本)ではなく兵庫県が原産地なのです。だから私たちが幼い頃、いなかでは、大人たちも小刀を『肥後の守』と言うことは知らず、私たちにも教えることができなかったと思います。

 現在は、その本舗から買った正真正銘の『肥後の守』を数本愛用しています。

 兵庫県のメーカーがなぜ『肥後の守』と言う商標(ブランド名)にしたのかは、諸説あるようですが、実際そこの方に尋ねたら、当初『工作用』に作ったがほとんど売れずに全国あちこちの金物問屋に卸してみたら、熊本がいちばん反応が強かったからだとの事でしたが、明治時代のことだから確かではないようです。私は『竹笛で遊ぼう』の本を作ったときには、別の説を書いていました。

 ともあれ、この小刀はいろんな工作をするのに最適です。中には『切り出しナイフ』を使う人もいますが、あれは『さや』をなくしたらとても危険だし、工作も何かと不便です。また、右利き専用が多いので左利きは使いづらいです。肥後の守型は右左使えます。

小刀、切り方.jpg  そして、現代の子供たちもせめて小学3年生くらいからは、小刀を上手に使えるようになってほしいと思っています。いろんなものを自分で作るのはとても楽しいものです。

もちろん私でもたまにはケガをするのですから、時にはちよっとしたケガはするでしょうが、正しい使い方をしていれば、大怪我をすることはありません。

やや大怪我でも、まずパニックにならないことが大切です。

使い方は、『ふるさと子供グラフティ』、『竹笛で遊ぼう』にも記載

竹笛3.jpg

 

 

 

竹笛本.jpg

 

 

 

 

 この本は、私がいろんなところへ『竹笛つくりの講習』に行ったとき、その場ではいろんなアドバイスをしながら、みんなほぼ出来上がるのですが、あとで自分でで作ろうとしたときちょっとしたことが分からなくなると言う方が結構多かったので、作った本です。

 と言うのも、小刀に慣れていない人が多いので、なるべく工作しやすいように『若い竹』を使うことが多いのです。そうすると、特に『おまじない笛』などは、ややもすれば1日で変形して鳴らなくなってしまいます

 3年以上ぐらいになった竹だったらかたくなっているので、あまり変形しません。また、乾燥させたものだったら変形しません。しかし、とても工作が大変です(切りにくい)。とても工作が大変です(切りにくい)。

 だから、小刀に慣れていないうちは、やわらかい若竹を使って作るのですが、ほぼ1~2日で鳴らなくなるので、また作る。そうしながら、何度も作ることによって、小刀にもなれて、笛の作り方も楽にできるようになります。私たちはそうやって何度も何度も作ったのでいまだに忘れず、すぐにいろいろ作ることができます。

 ところが、現代では、「どうだったかなー」と、一度習っただけではなかなかコツがつかめないと言うときのため作った本です。

 さらに、時間の都合で2~3種類しかできないことが多く、ほかにもいろんなものがあることを紹介しようと思いました。

 そうするうちに、私も知らないような全く新しいものを作り出してくれる子もいるだろうと楽しみにしています。

そして何より、『小刀(肥後の守タイプナイフ)』の使い方が上手になり、ほかのいろんなものが作られるようになるのが楽しいのです。

 本書には、小刀は危険な『武器』では絶対無い!あくまで、とても便利な『道具』なのだ』ということをテーマにしています。もちろん、鋸(ノコ)や鉈(ナタ)などの道具もです。

 これらの『刃物』を上手に使うことで、『創作(創造)』力はどんどん広がるものと信じています。

 

竹笛4.jpg 竹笛本文1.jpg

 

竹以外の笛の作り方。           『竹笛』の作り方は『ふるさと子供グラフティ』                

竹笛2.jpgのサムネール画像 にもいくつか掲載していますが、この『竹笛で遊ぼう』には、まだまだいろんなものを紹介しています。

A5版のポケットサイズで、野山にもって行ってもいいようにビニールカバー付きです。

表紙カラー、本文白黒48ページ

ちょっとしたケガをしたときの応急処置の仕方なども書いています。

定価800円(税込)詳しくはホームページ参照。

 6月27日(土)熊本県合志市にある「ひまわり子ども保育園」の、園児、小学生の兄弟姉妹などと、保護者の方々約4~50人の会に、私達夫婦で「あそび講習」をしました。

 最初に、「なぜ遊びは大切なのか(楽しいのか)」というようなお話をしました。

 その中でもやはりテーマは「センス オブ ワンダー」 (感動、不思議だなー、なぜなんだろう、などを感じる感覚)を養おう!です。それは子ども時代に自然の中で遊ぶことで培われると信じているからです。

ひまわり1.jpg 今日遊ぶ「竹笛」を、さっと作って吹いたら、みんなあまりにも簡単なもので、音が出るので「わー」と大喜びでした。

「じゃー、いまからみんなでつくりましょう!」と、隣の広い場所に移りました。

 

ひまわり2.jpg

 

 

最初はいちばんかんたんな「おまじない笛」。

作り方は簡単ですが、なかなか音が出ない。

「肺活力」が弱いのです。

「がんばって!」と、応援すると、いっしょうけんめい吹いて

やっと、『プ~』。 「なったー!」と大喜び。

ひまわり3.jpg

 (妻)真知子も、のこで切り方(長さ)を指導。

お父さんお母さんたちもまだ若い人たちばかりだから、

こんな遊びは始めてという人ばかりで、とても興味を持って、いっしょうけんめい作っていました。

というのは、私が最初『お話』の中で、

竹笛を吹くと、肺の力が強くなり、肺活量が増えるので、頭が良くなる(?)んですよ』

と言っていたからでしょう。早く作って、自分の子どもに吹かせなくちゃと頑張っていたようです。

 

実は本当に、肺活力がつくと脳にも全身健康にもつながるとの事です。また、『持久力』『集中力』もつくとの事。

ひまわり4.jpgのサムネール画像

かんたんな「おまじない笛」がみんな出来て、鳴ったら、次は『ぶーぶー笛』です。これはちょっとむずかしいのですが、みんなすぐに出来ました。

そしてこれには『風船』を取り付け、風船を膨らまし、笛の先を指で押さえて、はななすと『ブーーーーー』と長~く鳴り、みんな大笑い。

 この日は2種類の笛を作りましたが、いろんな竹笛(音が出るもの)があります。しかし、どれもすべて『小刀』(肥後の守型)の使い方が上手にならなければなりません。

みんな本当に楽しそうに『プー、プー』、『ブー、ブー』あちこちで鳴らせながら、約2時間、あっという間に過ぎました。

最後にまたちょっとお話をしてこの会を終わりました。

いろんな竹笛の作り方を掲載している『竹笛で遊ぼう』の本も発行しています。

 

 「自分の獲物は自分で獲得しよう!取れなかったらお菓子は食べられないからな。」

という合言葉で、私たち夫婦は10数年前から『クリップUFOキャッチャー』作りを、子供たちによく教えに行っています。もちろん主には昔遊び「竹工作(竹笛)」が多いのですが、現代遊びもいろいろやっているのです。

  真知子851.jpg

 

後から全体.jpg取れる.jpgのサムネール画像

この『クリップUFOキャッチャー』は、自分で「獲物」を獲得する喜びがあり、みんな夢中になってやります。

 また、お年寄りの方(老人会、老人ホームなど)でも教えたらみんなむきになって(?)大流行しています。

 写真は昨年夏休み、熊本市立博物館で開催された、熊本大学工学部、熊本高専の主催『キッズサイエンス』で行ったものです。この『クリップUFOキャッチャー』がどうして『科学・理科』なのか?

 『遠心力』を学ぶのに楽しく分かるからです。みんな「遠心力って楽しい!」と感動していました。

  UFOキャッチャーまとめ.jpg  

 年末になると門松を作るのが楽しみでした。門松が玄関にそろうと正月気分が最高潮になるのです。門松は大小ありましたが小学時代からよく作りました。

 

 手頃な竹、松の葉枝、笹、南天(難を転ずるの語呂合わせ)などを適当な量切ってきます。そして、バケツや桶などの容器に土を入れて飾るだけですが、神社やお店などに飾ってある立派な門松を参考にしてそれなりに格好(?)よく作ります。

 三本の竹を斜めにスパッと切ったのを中央に立ててありますが、あれはどうやって切ったのだろうか不思議でした。

 チャンバラ映画で竹林での斬り合いがあると大きな竹をスパッと切ったりしますので、門松もよく切れる鉈(なた)などを使って一発で切るのかと思いました。

 しかしあんな大きな竹を正確な角度で、一発で切れるはずがありません。

 私はノコギリで切って、切り口をカンナなどできれいにする方法にしました。

 そして、完全な決まりごとではないようですが、切り口に「節目」が出るようにします。年の節目を表すのだそうです。

 三本の竹を立てたあとは、松などを体裁良く飾り付け、出来上がった門松を玄関の両脇に置き、新年を迎えます。

  門松作り.jpg門松は玄関先を清め、悪い鬼や邪気が家に入らないようにして、新年の神様をお招きするものと聞かされていました。

 正月に門松を飾る風習は約1000年ほど前の平安時代から伝わるもので、「松は千歳を契り、竹は万代を契る」と言われ、神様が永遠に宿る「依代(よりしろ)」として松と竹の組み合わせが使われるそうです。

 門松を29日に立てるのを「九松」(苦待つ)と言って嫌われ、31日は「一夜飾り」で神様を迎えるのに一日だけでは真心がないとされていますので、28日までに立てるようにします。あとは楽しいお正月を「松(待つ)」だけです。

 新年を迎え元日から7日までを「松の内」と言い、8日に片付けます。幼い頃、このような数々の日本独特の風習が大好きで、それらをひとつずつ励行することで必ず幸せになれると信じていました。なぜなら大昔からみんなが大切に守ってきたからです。

 今も時期になると植木鉢などでミニ門松を作っています。

 そこで、12月7日(日)は、山鹿市平小城(平山温泉)活性化協議会主催で私たち夫婦(妻、真知子)と子供たちとミニ門松作りをしました。

斜め切り.jpg節があるところを鋸で斜めに切っているところ。

3本切りますが、1本はちょっと長くします。

その3本を(長いのを中心にして)紐で縛ります。

 

 

 

 

 

門松結び.jpg

 

プラスチックの植木鉢などに土を入れて

竹を埋め込み、まわりに『松』、ナンテン、笹 などを体裁よく埋め込むと出来上がり。

門松.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

みんながいっしょうけんめい門松を作っている間に一人ずつ交代で似顔絵を描きました。

 

 

似顔絵描き.jpg

 

 

 

 

ミニ門松も完成、みんなの似顔絵も出来上がり。

 

 

ミニ門松完成.jpg 似顔絵も完成.jpg

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