今の時期の昔遊びの最近のブログ記事

熊本県山鹿市立博物館で、「遊んで学んで楽しさいっぱいの博物館」という企画で、夏休みいっぱい「昔遊びと暮らし」のフェアが開催されます。

(同時に、今、山鹿市平小城活性協議会にても「原賀隆一ワーク展」開催中)

実は数年前、同博物館で個展的な企画を依頼をされ、私の絵を中心に飾って同じような催しをされたのですが、その時(小泉純一郎首相時代)開催中、参観者の「芳名帳」に「小泉純一郎」と書いてあったのです。(確か同じころ小泉氏の実父の出身地鹿児島に行ったとの報道があり、その帰りに寄ったのか?)

実際本人がやってきたのか判明できませんが、そのときもいろんな方が「このような昔の遊びを子供たちに残さなければならない」というご意見書き込みがたくさんありました。現代、日本がどんどんおかしくなってきているのは、実は「遊び」をしなくなった世代が増えてきたからではないだろうかとの意見をよく聞きます。「遊び」こそ「創意」「工夫」「知恵」にあふれるものだということをわかって欲しいのが私の夢なのです。

私たち夫婦は、何度か遊び指導に行きます。また私がお知り合いになった「万華鏡の斉藤豊明氏」や「けん玉の木下末満氏」も私の紹介で、快くご参加していただき、おもしろいフェアになると思っています。

8月15日、16日は日本3大祭りとも言われている「山鹿灯篭祭」です。その15日私たちも遊びに行きます。16日はけん玉の木下さんです。

あと、毎日何かいろんなイベントが行われる予定です。

日本でもトップクラスの「古墳」があり、自然いっぱいに囲まれた山鹿市菊池川流域にある「山鹿市立博物館」で今年の夏休みを楽しんだ子供は大きく将来羽ばたくでしょう。

やはり「子供時代の遊び」は人間にとって絶対必要な「条件」だと確信しています。

博物館オモテ.jpg

博物館ウラ.jpg

いまどきの筍(タケノコ)といえば、『破竹』とか『真竹』のタケノコです。

孟宗(モウソウ)竹はもうとっくに伸びきっていますので食べることはできません。

真竹のタケノコは5、60センチから1メートルぐらい伸びているものを根元からポキッと折ってとるので、モウソウ竹のようにくわで掘らなくてもいいので楽です。(写真はすべて数年前のもの)

 

1真竹のこ.jpg皮をはがし、先の柔らかいところを食べます。そして取立てなら、(米ぬかで)湯がかなくてもそのまま調理して食べることができます。

味噌汁、煮しめ(油揚げ等とともに)などでおいしいものです。

 

2筍食べる部分.jpgそして、根元のほうの固くて食べられないところを『工作』するのが楽しいのです。固いとはいえ、竹のように固くはなく、カッターナイフや包丁で簡単に切れるので、いろんな工作ができます。

 

3タケノコ工作手元.jpg

4つるべ.jpg食器や「つるべ井戸」

また、やや大きいのは、いろんな器を作って、各種の料理を盛り付けると緑が鮮やかで食欲を誘います。おにぎりも小さく握って並べたり、刺身を盛り付けたりします。

簡単に切れるので、いろんな形をデザインできるのがタケノコ工作の面白いところです。

 

5筍食器.jpgタケノコの内側についている白いものは『チロシン』という、脳を活性化する物質を含んでいますので、『タケノコを食べると頭がよくなる(?)』かもしれません。子どもと一緒にタケノコ工作遊びをするのも良いですよ。

ただし一回限りしか使えません。一晩ぐらいすると変形してしまいます。(いろんな工作も)

やはり、筍は竹冠に旬とかくので、シーズンは一瞬に過ぎていきます。今が旬です。

今なかなか真竹の筍は、農家も出荷まではしないのですぐに伸びきって、竹林は密集して荒れています。ほどほどにとった方が返っていいのですから、盗んでもいいという訳ではないのですが、ほとんど管理されていない(荒れている)ところだったら、何本かもらってもいいのではないでしょうか。

ただし、持ち主がわかっているならちゃんとお願いしていただきましょう。近所に誰かおられたら聞いてみてください。(孟宗竹は出荷するため管理されているところが多いですのでむやみに掘ってはいけません)

また、真竹のタケノコがそのまま大きくなると、『皮』がはがれて落ちています。その皮を拾い集めて、よく乾燥させ、『なめし』て、弁当など食べ物の包装に使うと、竹の持つ『殺菌効果』によって、食品が長持ちします。

昔はおにぎりや羊羹(ようかん)などの包装はすべて竹の皮でした。

 

6竹皮弁当2.jpg私たちが幼いころはたくさん拾って、町の買い取ってくれるところへ売りに行き、良いお小遣い稼ぎになりました。今はなおさら貴重品で売れるかもしれませんよ。

そういえば、大分の宇佐神宮で買った、竹の皮で作った「ふくろう」を持っています。

日本人にとって、竹はいろんな意味で本当に親しみを感じますね。

 

子供の日.jpg5月はやはりなんといっても『こどもの日』。私たち夫婦もいろいろ楽しい遊びをします。

まず、5月4日・5日の2日間は『アグリパーク豊野』で、竹笛つくりなどいろんな『作って遊ぼう』をします。

5月15日(土)は熊本市楠の『夢もやい館』で遊びの講習、いや自分が楽しんで遊びます。

もやい館.jpg 

 「こらっ、隆一、夜のコブ(=クモ・蜘蛛)を殺したらいかん!」と、祖父に叱られました。なぜなのかをたずねると、祖父はニヤッとして、

「『夜コブ...よろこぶ』で縁起もんなんだぞ」と駄洒落のようなことを言いました。

 

夜コブ.jpg 

 クモは姿も不気味で、巣を張っていると何となくいやですが、日本にいるクモはほとんど毒を持ったものはいなく、むしろ家の中などにいるダニやノミ、蚊、蛾など人間の害になる虫を退治する自然殺虫役の益虫なのです。(イラストは『ふるさと子供遊びの学校』より)

 

 そして巣を作るときは、『餌』(害虫)がいるからであり、それをさっさと取ったりクモを殺したら、今度は害虫が「喜ぶ」ことでしょう。結局「夜コブ」だけではなく、昼間でもクモはむやみに殺してはいけないと教えてくれたのです。

 

 また、「ミミズに小便をかけたらオチンチンがはれる」も、ミミズは畑の土壌を活性化してくれているからむやみにいじめてはならないなどと言いたかったのでしょう。そのような自然の中には人間にとって大事な働きをしてくれるもの、害を及ぼすものなど、数多くの貴重な知恵を、祖父や近所のご老人達は、幼い私達に『ことわざ』、『おまじない?』『笑い話』などで教えてくれました。

 

だから、今もそれらのお年寄りの知恵の数々が実社会生活の中でいくつもためになっています。そこで、(確か高校1年生の頃制定された)9月15日には『敬老の日』として、人生の先輩方々に敬意と感謝を示す日として半世紀近く続けられてきました。

 

 ところが近年9月の第3月曜日(日曜と連休になるように?)と、毎年変わるように決められました。すると今年は9月21日がその日になり、23日は『秋分の日』とこれは変えることができませんので、間の22日を(飛び石を埋めるため?)『国民の休日』にして、前の土曜から日・月・火・水の5連休。はたまた、次の木・金を休めば、土・日と9連休。

 

 秋の行楽シーズンとかで、高速道路はどこまで行っても1000円、テレビではヘリコプターでその混雑振りが中継されていました。

 

 空港では海外旅行などたくさんです。

 

 『100年に一度の大不況?』、何か信じられません。そして『子供手当て』や『無駄遣いをなくそう』とか、何がなんだか分かりません。

 

 そんなに休んでばかりでどうやって経済は復興するのでしょうか。

内需拡大とかでみんなでパーッとお金を使えば『景気』が良くなる?というようなことを言いますが、もちろんお金が動くことはそれなりに気分は景気が良くなったようになるでしょうが、国内でお金が行ったり来たりするだけです。まして、食事したり、ガソリン使ったり、いろんなものを買っても大半以上が(輸入で)外国に流れていきます。

 ただ休んで家でゴロゴロしていても同じです。電気やガス、食品もほとんど原料は輸入です。

 (原料は輸入したとしても付加価値をつけて)国内生産しない限りどんどん国全体のお金は減っていくばかりで、国の借金も増えるばかりです。

 

 また、この『大型?』連休を『シルバーウィーク』と呼んでいます。

私は最初、『シルバーシート(老人用席)』とか『シルバー世代』などと言うので、敬老の日が挟まっているから根底に『敬老の日(15日・老人の日、その日から敬老週間)』を表しているのだと思っていました。

 

 ところが、なんと!5月の『ゴールデン(金)ウィーク』に対して『シルバー(銀)ウィーク』との事。なんだか呆れてしまいました。

 

 そもそも「敬老の日」は昭和41年「老人を敬愛し、長寿を祝う日」として9月15日を祝日に制定されました。

 

 どうしてその日を「敬老の日」にしたのかというと、

 

 人々に豊富な知識と知恵を与えた(『遣隋使派遣』、『17条の憲法』など)と伝えられる『聖徳太子』が、『四天王寺』に今で言うなら老人福祉ホームのような施設ともいえる、『悲田院(ひでんいん)』を設立したとされているのが915日だったとの記録があり、それにちなんで決められたとの事です。

 

 私は、創設目的を持った日を動かさないようにしたほうが、豊かな人生の知恵を持つご老人に敬意を表すことの意義を、子供たちに伝えるのではないかと思っています。

 

 そして、今日も仕事をしています。(自営ですのでほぼ年中無休・自由?)

カライモ堀.jpg 

 幼い頃、「あーおなかすいたー」と言っていたら、祖父が「十三里でも食べろ」と言いますので、「十三里ってなーに?」と聞きますと、

「昔から九里(栗)四里(より)十三里と言うてな、から芋(サツマイモ)のこと。」と笑って言いました。(9+4=13にしゃれた意味)

 

 私は、「そうか、昔の人は栗よりから芋のほうがうまいと言っていたのか」と思えば、本当においしく、おなかいっぱい食べたものです。

 

 そして、毎年この頃になると、から芋の収穫を手伝うのが楽しく、よく母と畑に掘りに行きました。

 芋の長いつると葉を取り除き、土から出ている太いつるを力いっぱい引っ張りますと、うまくいけば、ゾロゾロとイモがつながって出て来ます。

 

「お母さん、ほらこんなについてきたよ」と言いますと、「ほんとだね。だから何人かで悪いことをして、だれかひとりつかまると次々につかまってしまうのを、『芋づる式』って言うでしょ。」

「あっ、そうか。でも、切れたやつもいるよ。」「それはくわで掘ってつかまえなさい。」「やったー、また仲間をつかまえた」と、まるで警察ごっこのようでした。

 

 昨日は「酒井ノリP」が保釈されました。そして記者会見がありましたが、今日(18日)は朝から一日中テレビでは何度も何度もその様子ばかりで、もううんざりです。新政権の事なんかほんのちょっとですから、テレビ局は政治などどうでもいいからとにかく「のりP」追っかけが第一の仕事のようです。

 

 その前に保釈された「押尾学」にしても「高相(酒井)夫婦」も、薬物の入手ルートやほかにも疑いのある芸能人、その他どこまで「芋ずる式」に逮捕されるのか、かなり注目されていたのに、またしても?なんとなくこの3人どまりになりそうです。

 

 私たちが幼い頃、何か悪いいたずらをしてしかられたとき、単純に「ごめん」といえば、「ごめんですむなら警察はいらん」とこっぴどく叱られたものです。要するに、「自分の言葉」で本当に反省して謝らなければいけないのです。「ノリP」のように誰かが?書いた劇の「せりふ」のような謝罪を言ったとき、昔の親父のような人なら「ごめんですむなら警察はいらん」と言うでしょう。

 

 しかし、押尾学の場合は現実に女性が一人亡くなっているのに、どう考えても単なる薬物使用だけで一件落着というのは不思議でなりません。六本木ヒルズのマンションもある人物が複数部屋借りていてその部屋にいろんな人が出入りしていたというのに、それらの関係者は誰一人取調べすらないのでしょうか。

 だったら「ごめんですむなら警察はいらん」じゃなくて、「悪の根源を絶たなくてすむなら警察はいらん」と言いたいですよね。

 

 話が飛びましたが、

 そうしてたっぷり掘ったから芋は、裏山のほら穴貯蔵庫に来年の収穫近くまで保存し、そのつど取り出しいろんな調理でおいしく食べました。

 仲秋の月見も、その年収穫した芋(里芋、から芋)などの農産物を供えるところから『芋名月』とも言います。

 

 当時、母の作った『から芋ダゴ』(芋の輪切りを小麦粉だんごで包んで蒸したもの)、別名『いきなりダゴ』は本当においしいものでした。『いきなり』とは、急なお客さんにもすぐ出来たからとも聞きましたが、私たちはそれを食べるやいなや、いきなり『オナラ』が出るからだと言って笑っていました。

 

 また、小学生の頃、近所の高校生の先輩から、「英語で『今何時ですか?』は、『掘ったイモ、いじったなー?』で通じるよ」と聞いて、よく練習していましたが、いまだに外国の人に対して使ったことはありませんので本当に通じるか分かりません。

 

ただ、

What time is it now?』は、確かにそのように聞こえる気もします。

 「孟宗竹でご飯を炊く」...子供の頃やったことはありませんでした。

しかし、小学生の頃よく読んでいた「白土三平」の「サスケ」や「カムイ伝」などの漫画で、忍者が「和紙でお湯を沸かす」のが書いてあり、「本当に紙は燃えずにお湯が沸くのだろうか」と思って試してみました。

 焚き火をして、紙の器に水を入れて火にかけてみました。すると本当に、紙は燃えずにグラグラとお湯が沸いたのです。

 これは、水が沸騰しても100℃で、紙の燃焼温度(300℃以上)に達しないからです。

 そうやって、よく何度も紙の器でお湯沸しをしました。

このことは拙著「ふるさと子供ウィズダム(知恵)」に記載しています。

 

 10数年前、それを出版してから、「もしかしたら竹でもできるかもしれない」と思い、実験してみました。切りたての若竹を使ってお湯を沸かすと、竹の表面は焦げるのですがお湯は沸騰しました。

 それならきっとご飯も炊けるはずということで、ご飯を炊くことにしました。結果とてもおいしい竹ご飯ができました。その後よくキャンプや昔遊びの講習などであちこちの子供たちや保護者の方たちと一緒に「竹ご飯炊き」をするようになりました。

それから、どんどん広がり、教えに行ったある町の物産館のレストランではメニューにも入れられるようになりました。また、各所で子供たちの遊びイベントなどでも良くされているのが新聞テレビで見ることが多くなりました。

おそらく私が元祖?だと思っていますが、一種サバイバル的遊びが広がることは嬉しいです。なぜなら、日本は竹はあちこちありますから、大災害などでいざとなれば、米と水、焚き物があればご飯を炊くことができるのです。また米が無くてもお湯を沸かすとできるインスタント食品もです。

 

02竹釜2ノコ.jpg

 

まず、節と節を残した竹筒の、ちょっと内側にノコで3分の1程度の深さに切り込みます。

左の写真は2連続きの釜を作っているところです。

 

ノコで2本の切込みを入れたあとノミを使って空け口を作ります。

 

03ノミ打ち.jpg 04窓開け.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

                        

片方だけをノミで押し開き、片方は付けたままにします 05窓開け2.jpg

中をよく水で洗って、出来上がったら、今度はお米を研いで中に入れます。

 

 

 

 

06お米入れ.jpg お米の分量は筒の大きさによりますが、

写真のような大きさで大体1~2合ぐらいです。

筒の約3分の1ぐらい。

水はお米と同量よりちょっと大目。

07お米セット.jpg  

 

 

 

 右の、下のほうは、「竹炊き込みご飯」で、

材料に「鶏肉、にんじん、椎茸」を小さく切ったものに、出し汁、しょうゆ、水を入れたもの。(最近では、だししょうゆやめんつゆなどを水で薄めてもいい)そうして、ふたをしてコンロ(炭火かまきを燃やす)にかけます。

                             火吹き竹(「火起こし」とも言う)08コンロにセット.jpg  で、火を強くします。

09炊き出し火吹き.jpg 

 

 

 

 

 

 

「はじめちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いてもふた取るな...」(昔のご飯炊きの手順)通り、どんどん火を強くしていきます。途中で竹の下のほうが燃え上がりますが、これは「竹の油」が燃えているのであって、竹自体が燃えて底抜けすることはありません。また竹の横縁からも竹の水分がどんどん湯気になって出ます。その竹の水分がある間は竹が燃えて底が抜けることはありません。

約2~30分ほどすると、(竹の大きさにもよりますが)ふたの部分から吹き始めます。

 

10竹めし吹き出し.jpg 吹き始めたら少しだけ火を弱くして、しばらく炊きます。

それから約15分ほどして、ほとんど火を弱くして、蒸らしにします。(ただし、中の状態がどうなっているか、ふたを少し開けて見たり、少しつまんで食べてみるのもいいです。)

 もしガチガチだったら、少し水を加えてまた強火でしばらく炊く。やわらかすぎるようだったら、もう少し炊く。

 いずれにしても電気炊飯器のように完全な出来上がりは望まないこと。しかし、何度か経験するうちに、実においしいご飯が出来上がるようになります。

 

11炊きあがり.jpg

出来上がった「竹ご飯」は、竹の香りに包まれ実においしいものです。

 また、底には「おこげ」が出来ていますのでこれがまたおいしいものですよね。

電気炊飯器では絶対におこげはできませんので、あるところでやったとき、何人もの子供が「おこげがおいしい」といって競って食べていました。(もちろん当店販売の「ホワイトミネラル68」塩おにぎりだったからでもあるでしょう)

 そうして、前のブログで紹介した竹器に盛り付けして食べます。

 

12竹器盛りつけ.jpg

 

13食べる.jpg

 

 

「アヒ、アヒ、でもおいしい」と、竹のおわんで食べました。

(数年前、当店のスタッフだったお母さんの小学生の子供です。今は高校生。)

炊き込みご飯が作れなくとも塩があればおにぎりでもおいしいものです。

 

 

 

 

 次のは、ふるさとの我が家の孟宗山にものすごく直径が大きいもの(約30センチ)があったので、本当のお釜のようなものを作ってご飯を炊いたときのものです。

ただし、節で直接火を受けるので底抜けする可能性があると思い、「魚焼き器」を置いて、その上で炊きました。(釜つくりは私で、炊くのは妻がそう思ってやりました。)

14ノア竹釜完成1.jpg 15ノア竹釜完成.jpg

 

16ノア釜炊き火.jpg 17ノア竹釜上がり.jpg

実においしいご飯が炊けたのですが、1回しか使えないのが、この竹釜飯なのです。

しかし、キャンプなどだったら、燃やしたり捨てても自然に戻るのでゴミになりません。

 

 先日パナソニック九州の方たちと、キャンプで「竹器」つくりをしましたが、実はもう10数年前からいろんなところで子供たちと一緒に作って遊んでいます。

5竹器一式.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず「長い器」(ケー皿など用)の作り方。

1長器割り1.jpg

 竹は「孟宗竹(もうそうチク)」またはやや肉厚の「真竹(またけ)」

節と節の間をノコで切った竹筒を、縦に真二つに割ります。

(ナタを使って、上を金づちまたは硬いものでたたく)

 

 

 

 

2長器そこ割.jpg

置いたときにコロコロしないように底になる部分を、

ナタで割って、平らな面にします。

それから、小刀(ナイフやナタなど)を使って、縁や底の部分のとげとげなどをきれいにします。

3長器縁取り.jpg

 

 

 

 

 

 

水で中を洗って出来上がり。

 

コップ(そうめんのツユ入れなど)は、真竹を使って作ります。

6マイカップ.jpg

 

ノコで、底になる節の下はできる限り水平になるように切ります。(傾かないように)

そして飲み口の部分の内側を少し削ると、飲みやすくなります。

4縁取り.jpg

 

 

 

 

 

 

箸(はし)作り

「箸八寸」といい、1寸は約3センチですので、約24センチの竹筒を、幅6~8ミリ程度になたなどで割って作ります。

持つ方をやや太く、先のほうをやや細く削ります。

子供たちがお父さんお母さんたちと一緒に一所懸命に箸作りをしている光景です。出来上がったら「マイはしだ」といって名前を書いたりしていました。

 

 

6マイはし作り.jpgのサムネール画像

 

 

 

 

 

これは、「そうめんセット」です。この場合竹の緑の皮をすべてそいで竹の地肌を出して作ったものです。

6竹器1.jpg

 西原村の「風の里」キャンプ場のリーフレットを作りました。(イラスト・デザイン・印刷)

1キャンプパンフ表.jpg

上のは、表紙と裏面です。下が全体のイメージイラストです。

2パンフ、園内見取り図.jpg

  設備内容は、

3キャンプ場内容.jpg 左の内容になっていますが、各種利用料金は季節によって変わったりしますので、詳細は直接お問い合わせください。

TEL/FAX096-279-2884 です。

参考として、ロッジが一泊10000円から17000円(定員5名ですが8人ぐらいまでは充分泊まることができます。1人追加ごと1000円。)例えば、9月1日からのオフシーズンで土曜・祝日前日ならA・B棟14000円、C棟15000円ですので、5人で泊まれば、一人当たり2800円から3000円になり、8人なら、2125円から2250円になります。

 キッチンや炊飯器はついていますが、お米や食材、飲み物などは持ってこなければなりません。でも、旅館やホテルに比べたら安上がりですよね。

 まして自分たちが好きなものを自分たちで作って食べるので楽しいです。

また、常設テント(8人用)を借ると4000円、4人用貸し出しテント1000円です。

自分でテントを持ち込めば1張り3000円。

ただし、飯ごうなども持ってくるか、貸し出し(200円)を使うかして自炊します。薪や炭など何でもそろっています。(有料だが安価)

 キャンプやロッジ宿泊をせず、遊びに行くだけなら入場料は小学生以下50円、中・高生以上100円ですので、一日自然の中で思いっきり遊べます。

または、日帰りでバーベキュー(コンロなど有料貸し出し)などして楽しむのもいいですね。

 (ロッジやテントを使う場合は、入場料無料です。)

緑がいっぱいで標高も高いので、いつもさわやかな風が吹いています。とにかく空気がおいしい。

4真知子、ロッジ.jpg イラストを描くのと写真撮影のため取材に行ったとき、妻はロングシューター(滑り台)などで大はしゃぎでした。

 熊本空港からも近いし(空港から10数分、タクシーで約2千円ちょっとぐらい)関東関西からのお客様も多いそうです。

また、益城・空港インターから約20分ですので県外から高速道路を使って簡単に来られます。

 

 八月七日、福岡市の「パナソニック九州工場」から、社員のご家族約150名様(子供4~50名)が1日借り切りでやってこられました。

 私達夫婦は「竹器つくり」で指導をしてほしいと依頼され、楽しく遊びました。

5西原キャンプ真知子.jpg

 竹のカレー皿、カップ(飲み物や、流しそうめんのつゆいれ)、竹のスプーン、マイはしなどを作り、あとで「竹笛」や「竹の貯金箱」も作り方を教えました。

 七月七日は七夕です。

 子供の頃は必ずのようにやっていました。というのは、七夕祭りそのものに面白み(感動や義務感)は、大して感じていなかったのですが、短冊(たんざく)飾りが楽しかったのです。

 私のふるさとでは星は、まるで手だとどくかのように無数にきらめき、美しい夜空でした。空気も澄んでいたし、家々の明かりもほとんどなかったからでしょう。

 しかし、私は『天の川』は分かりましたが、『彦星(牽牛星)』や『織姫星』はどれなのか、確実に見つけることはできませんでした。だから『七夕祭り』自体は、ただ星空を見て「美しい」と感じていたぐらいです。

 準備が楽しみでした。七夕前の日曜日に準備しました。

1笹切り.jpg

まず手ごろな笹竹を切ってきます。

それから短冊の準備ですが、最初に毛筆用の「硯(すずり)」の水を、「サトイモ」の葉についた「露(つゆ)」を集めます。(昔からそうだったときかされていた)

2七夕、雫.jpg

 

 

 

 

 

そしてその水で、「墨(すみ)」をすります。

サトイモの葉のしずくは、空気中の水蒸気が、サトイモの葉で冷やされて水滴になったものです。

この水滴が、葉っぱの上をコロコロ動くのも、また楽しい遊びでした。いくつかに分かれてまた「合体」したりまるで生き物のように動くのが楽しかったものです。これは水の「表面張力」によるものです。

 近年、映画「ターミネーター」(シュワルツネッガー主演)の警察官に変身していた超合金?のターミネーター(種殺し)のようなものです。

いくらばらばらになってもすぐに集まって合体します。

 で、......その水で墨をするのは、「純水(蒸留水)」であり、星に願いをかけるには、そのように「純粋」なもので書かなければならないということでしょう。

3七夕、短冊.jpg

 墨がすれたら、毛筆で願いを書きます。

必ず毛筆にするのは、七夕で短冊を書くと「書道」が上手になるといわれていたので、毎年欠かすことができなかったのです。

 「願い事」を書くのですが、近年いろんな小学校や保育園などで一緒に遊ぶことがありますが、一番多いのに、

「おこづかいをあげてほしい」

「お父さんの給料が上がりますように」

「お父さんの宝くじが当たりますように」

「新しいゲームがほしい」

など、「お金」のことやおもちゃ、レジャーランドのことなどが圧倒的に多いです。おそらく「星の神様?」にはどうしようもない願いのような気がします。

 私たちが幼い頃は、「健康」や「学業」などを願うことが多かったのですが......

 短冊が書きあがったら、ほかにもいろんな紙飾りを作ります。

 

4七夕、飾り.jpg

それらを笹につけるのですが、七夕が終わったら川に流すので、すべて自然に帰らなければなりません。

「ひも」も、ビニールなどは使わず、「棕櫚(しゅろ)」の葉を使います。

 

5棕櫚の葉ひも.jpg

 

 

 

 

 

 

 

棕櫚の葉をたてに裂いてひもにします。

6短冊つけ.jpgのサムネール画像

 

 

 

 

 

 七夕飾りをたくさんつけたら、庭先に立てて、

夜を待ちます。

 

7七夕.jpg

  「笹の葉 さ~ら さら、 ......... お星様きらきら......」と歌いながら、七夕祭りを楽しみました。

 『ピカッ』...、『ゴロ、ゴロ、ゴロ...』 急にものすごい雷鳴(らいめい)が響きわたりました。「光り物」(金属部)に雷は落ちると聞いていましたので、多少雨にぬれてでも感電死をしないように傘を閉じて、金属部をかくし、走って家に帰りました。

 

 そして、ピカッと光ってから、ゴロゴロが聞こえてくる時間が短いほど「近い」ので、危険度を判断しました。それは、光と音の伝わる速度の違いです。

だから「ピカッ、ゴロッゴロッ!」だったらすぐ近くに雷さんが落ちるかもしれないのです。

 

稲妻1.jpg 幼い頃、世の中のこわい順を『地震・雷・火事・親父...』とよく聞かされていましたが、当時ふるさとではほとんど地震の恐怖を体験したことがなかったので、どうしても『雷、親父』が最高恐怖を占めていたようです。

 

 また、夜おなかを出して寝相が悪いと雷様から「へそ」を取られてしまうと言われ、真剣に用心したものです。

 

 ところで、雷の閃光のことを「稲妻(稲光)」と言いますが、どうして「稲(米)」の「妻(夫)」というのだろうか。また、神社の注連縄に着けてある「御幣帛(ごへいまく)」の形も、稲妻が元になっているようです。

 

 

中連.jpg 子供の頃それが不思議で、色々調べたら、空気中に最も多い気体の「窒素」が、雷で発生した数十万ボルトの放電によって『結晶化』され、それを雨が田んぼに降り注ぐので、雷が起こるほど米は豊作になる(植物の生育三大要素、窒素・燐酸・カリ)ことを昔の人は知っていて、雷を「稲の妻」と呼んだそうです。

 

 そして、日本では「米」を中心とした宗教・伝統・文化の農耕共同社会をなしてきたので、雷は『神鳴り(神のお告げ)』が語源だったことを知りました。

 

 ところで、幼い頃はそこらあたりにいっぱい「神鳴り様(?)」がいました。「カミナリ親父」を筆頭に、「カミナリ先生」、「カミナリじいさん」、「カミナリばあさん」、「カミナリおっさん」、「カミナリおばさん」、「カミナリ先輩」......など、最近「神鳴り=正義・勧善懲悪論者」が少なくなった気がするのは、「化学肥料」によって、「雷様」の御威光に感謝しなくなったからでしょうか。

 また、ビニールハウスが増えたので、せっかく雷様がゴロゴロ、ピカッと「窒素肥料」を作ってくれても大地に降り注がれなくなりました。

 だから、特に青物野菜は「化学・窒素肥料」をどんどん与えなければなりません。それをたくさん食べると、腎臓に悪いそうです。だからなのか、熊本県、宮崎県、佐賀県などビニールハウスの多い順に「人工透析」患者が多いということを聞きました。

 雷様はちゃんと、良い分量で窒素を降らせているのかもしれません。

 そう思うのも、何せ地球46億年の間ずっと雷様がいたから、自然の植物は育ってきたのでしょう。

 

 そういえば、2酸化炭素も、植物には欠かせないものですね。近年「地球温暖化」(?)の原因に2酸化炭素が一番悪者のように言われていますが、2酸化炭素が急激に減ったら植物は枯れてしまうでしょうね。

 ビニールハウスでは、2酸化炭素が少ないため、イチゴやメロンなど「糖度」が上がるように、わざわざ「2酸化炭素発生器」を使ってハウスの中に入れています。

 

2010年7月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31