2010年6月アーカイブ

 「梅雨(つゆ)」の時期になると、マスコミや会話の中で、「いやな...」「うっとうしい」(不快)などの悪い表現ばかりが出ますが、私は、「自然」が与えたものには必ず「必要」だから存在するものだと信じています。

 

なぜかといえば、その地球環境が約束したかのように数億年間と繰り返して来た中で、生物や人類はそれに適応、もしくは順応しながら進化してきたからです。

 

◆「梅雨(ばいう)」とは、極東アジア特有のもので、中国の揚子江流域、朝鮮半島南部と、北海道を除く日本でみられる、夏至(げし)(今年は621日・旧暦510日)を中心として前後それぞれ約20日間ほどの雨期を言います。

 

中国では「Maiyu」、韓国では「Maeue」といい、日本の「Baiu」(音読み)は国際的にも通用する気象用語になっています。

 

中国の「梅雨」は、「梅の実が熟する頃の雨期」という「意訳熟語」です。昔の日本ではその伝わった「熟語」を「ばいう」と音読みして、

 

黴(カビ)がよく生える雨期なので、「黴雨(ばいう)」とも書かれました。

 

また、日本では「梅雨」を「訓音」で「つゆ」(汁、水気、水分)とも言いますが、水分の多い時期だからそう呼んだのでしょう。漢字の読みでは絶対ありえない読み方です。完全な意訳音です。

 

 ということは、中国「梅雨」は漢字熟語が作られ、日本ではそれを「バイウ」と読んだのだと分かります。しかし、当の中国の音は「Maiyu」、英語でも「5月」は「May」ですので、元々「5月」の原語?は「メイ・マイ」に近い言葉だったのかも知れません。

 

時期は旧暦の五月頃ですので、梅雨の「雨」は日本では「五月雨(さみだれ)」と呼ぶものと同様になります。

すると「五月(さつき)晴れ」とは、元来梅雨の時期、わずかな晴れ間を指す言葉であり、現在の新暦(太陽暦)の5月「皐月(さつき)」の透き通るような晴天に使うのは誤用なのです。

 

 旧暦・五月(さ・つき)は、まさに「田植えの月」という意味です。

 

田植え.jpg「さ」とは「田の神様」で、田植えの時一日だけ降臨され、みんなを激励されます。だから梅雨時期の稀な「五月晴れ」に、出来る限り一日(その家の分)で田植えを済ませるため、一家総動員で田植えをします。また、「もやい」と言われる「共同作業」で順番に仕上げていきます。

 

神様が与えた苗は「さ・なえ(早苗)」、それを植えるのが「さ・おとめ(早乙女)」と、今も「田植え神事」などが行われています。

 

集落一帯の田植えが無事終わると、それを見届けた「さの神様」は天に昇られる。それに感謝し、地域みんなは「さ・のぼり」(サナボリ、サナブリともいう)の宴を奉納して祝います。

子供のころ、そのときのご馳走や、大人たちの歌ったり踊ったりの宴が楽しみで、精一杯手伝ったものです。

 

 だから、稲作との関連が少ない地方(中国・朝鮮半島・ヨーヨッパなど)では、五月は「メイ、マイ」であり、『田植え』とはまったく関係のない音声です。

(英語の語源は知りませんが、子供のころ「5月」を英語で覚えるとき、

5月は姪(めい)が遊びに来る』と覚えていました。)

 

 日本の歴史では、稲作は朝鮮半島経由で入ってきたことになっていますが、まずありえません。稲も竹も『イネ科』の亜熱帯植物です。

要するに、極東の稲作は日本(東南アジアから中国南部「呉」、台湾、沖縄、奄美、九州)から朝鮮半島に上がったのです。そして中国北部へ移ったのです。(朝鮮・中国の歴史でそれが証明できる)

 

稲作の技術については『海幸彦・山幸彦』でも出てきます。あの話の舞台は『種子島』です。

タネのことを琉球語(沖縄)では『サヌ』といいます。

サヌは、「サの」という意味です。(沖縄は母音のeoをはっきり言わない)『ヌ』は「...の」(助詞)だから、稲タネの神『「さ」の島』が、「種子島」になったのだろう。

 

また、「さ」の音声は「狭」であり、『狭穂姫』伝説、神武天皇の名乗りも『狭野ミコト』です。『海幸彦・山幸彦』には「玉依姫(=豊玉姫)」が出てきて、「南種子町」には「宝満の池」がある。

 

ましてや、わざわざ「古事記」に書かれたのだから、単なるおとぎ話ではないのです。大きななぞが含まれています。

しかしもうほぼ解明できました。

 

『海幸彦・山幸彦』は後日、『おじいさんの昔話』にします。

 

 

00びわ.jpgビワの葉、タネにはアミグダリンという成分があり、これが各種の「ガン」(予防・治療)に効くとのこと。特にタネには、葉の12001300倍のアミグダリンが含まれている。(毒性があるので量には注意・青梅の種や若葉にも含まれているので注意。ただし、梅の場合、種が固くなったあとや梅干の種の中身は健康に効果がある。

 

※タネをスライスして、冷凍しておくと、余り苦くなくシャーベット風に食べられる。

 

◆びわの「生(なま)葉」はそのまま患部に貼るだけで、皮膚病、やけどや関節炎、腰痛から内臓疾患まで効果絶大とのこと。

 

◆「生葉」を干して、煎じて飲むと、喘息、アレルギー、胃腸病、肝臓、腎臓、糖尿病などの慢性病に大きな効果が見られている。クセがないので気長に飲み続けると必ず薬効が現れることは知られている。

 

◆また煎じた汁は、化粧水として使うと肌がツルツルして皮膚がきれいになるという。皮膚の細胞が活性化するのでシワも伸びるという。

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(月刊誌・「あなたと健康」 東城百合子氏 より引用)

 

◆これは鹿児島県での実話だが、医師ももう手の施しようがなくあきらめていた、ある末期(余命約3か月)の『骨髄ガン患者』に、医師が「ものは試し?」とビワのタネを生のまま、朝夜各1粒をスライスして食べさせたところ、(ビワのタネはかなり苦くてまずいので、ハチ蜜と一緒に)毎日2粒ずつ食べさせた。

 

同時に、ビワの生葉の湿布と生葉湯で、肝臓とお腹、腰を温める手当もし、そして玄米自然食療法を続けました。

 

ちょうど1ヶ月で、見事にガンは完治し、それから1年後、患者は元気に社会復帰し働いているとのこと。

 

■『ガン』の中でも『骨髄ガン』は非常に治りにくいとされている。自然の力はそれすらも見事に治してしまう。これだけの恵みと思いやりが、この自然の中にはあるのです。人は奇蹟と言いますが、奇蹟ではなく成るべくして成ったのです。この自然の親切にどれだけ感謝し、自然の力を信じて実行できるかです。(謙虚な心で)

 

 自然の思いやりも親切も、自分勝手に自分のわがままで蹴散らして歩くなら、入りようがありませんが、心から自然の与えに感謝できたとき、自然の力は見事に体内に入ってくれるのです。

 

空の心、素直な心に自然の力が働くと、この骨髄ガンを克服した方は教えて下さいました。やっぱり大切なのは、枝葉ではなく「根育て」の心ですね。』 

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◆ビワは、「薬王樹」と呼ばれるほど、昔から薬効の高さは知られていた

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「びわ酒」の作り方。

 

●果実を、種子も皮もとらず、大きめのもの15

 ヘタだけとり、水洗いし、ふきんで表面のうぶ毛と 水気をふき取る。

 

焼酎(ホワイトリカー)1.8リットル

 

氷砂糖(はちみつならなお良い)約200グラム

 

 以上の材料を広口ビン(密閉)に入れ、冷暗所に保存する。4ヶ月程したら、ザルなどで果実を漉し出し、果肉だけを取りタネは入れておく。(果肉は食べても良いが美味しくない)(葉もあれば、56枚きざんで入れておく)約1年ほど寝かせて置く。

 

 

00ビワ酒.jpg■出来上がったら、盃(さかずき)12杯程度を、就寝前に飲用します。(水でうすめてもいい)

各種がん予防、その他各種の病気予防に効果が大きいとのこと

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あせもには、葉を3枚ほどちぎり、0.5リットルで煮出し、冷めた汁で患部を洗うようにする。

咳止め、暑気あたり、胃腸病には、葉2枚をちぎり、水0.4リットルを加えて煎じ、約2分の1の量まで煮詰め、適当なときに飲むようにする。

 

打撲、捻挫には、(前から作って置く)ビワの葉約30枚を水洗いして、1センチほどに刻み、水気をとってから広口びんに入れ、ホワイトリカーを葉が浸るまで注ぎ、2〜3週間おいてからこれをこし、脱脂綿に浸して患部にあてる。その上から乾いたタオルなどをのせて、さらにカイロで暖める。

 

■ビワのシーズンは初夏の5月〜6月頃。

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