2010年2月アーカイブ

 今日(2月12日)衆院予算委員会を見ていたらで、自民党の与謝野議員が質問に当たり、鳩山首相に「あなたは平成の脱税王なんです。もうあなたは総理大臣をしている資格がないんです」、またみんなの党の江田議員、公明党の議員みんなが、一国の元首を犯罪者と決め付けた発言をしていたが、あれは明らかに名誉毀損ではないだろうか。

 まあ、子供は学校に言っているから良いものの、もし子供が見たら何と思うだろうか。日本の総理大臣は「脱税王だって」と学校で言うかもしれない。

 

(私の『ふるさと子供ウィズダム(知恵)』の『ままごと』のページに書いているのですが、私は子供の頃、日本でいちばん偉い人は天皇陛下で、2番目が総理大臣だと思っていました。)

 

そもそも、いつ脱税罪で起訴、有罪判決が出たのか。

 首相は本当に知らなかったというのだから、脱税の犯罪性は立証できない。

 

 実は私自身、20数年前突然、税務署の監査が入った経験がある。一部申告漏れがあったのだ。すでに1年近く経っていて、全く気づかなかった。そこで修正申告してその分の税金を払うことで、追徴税も無くもちろん書類送検も裁判所にも行かず、前科1犯でもない。

 このような件はつい忘れたり、全く知らないことは往々にしてある。殺人、強盗など凶悪犯罪とは違う。

 

 まして、今回鳩山首相の場合、生活に困って母から贈与を受けたのではなく、母親が親心として息子の政治活動に援助したお金を秘書が、贈与税がかからないように事務処理したのだろう。例えば「鳩山氏にもお母様にもご迷惑がかからないように処理しますのでご安心ください」とか言ったかも知れない。

 

 では、秘書は確信犯なのか。そうとも言えまい。ご主人のために考えるのが秘書の役目であり、彼が一人でやったのならいわば「秘書の鏡」である。

逆にそれを、きちんと税務署に届け丸まる贈与税を支払うとするなら、それは鳩山首相の場合でなくとも、会社にしても秘書は背任行為である。それは脱税ではなく各種の合法的な減税・免税の方法があるので、それらを駆使するのが事務屋本来の姿なのだ。

 

また、単純な満額贈与税を支払うつもりなら、事前に母親にきちんと説明すべきである。もし説明したら、母親もそのような杜撰な贈与はしなかったかもしれない。おそらく「きちんと処理をする」約束をしたから援助したのだろう。

弟の鳩山邦夫議員(自民党)も同額贈与を受けていたというが、それは満額贈与税を払っていたのだろうか。払っていたなら、その時点で彼は兄に「贈与税は申告したの?」と注意すべきでしょう。邦夫氏も今度のことが発覚してから贈与税を払ったとするなら、こちらも、与謝野議員は議員辞職を勧告しなければならないだろう。

 

 ということは、母親が、それを知って贈与したから、確信犯なのか。いやそれはない。贈与税というのはあくまでもらった側が払うものだから、秘書がきちんと処理すると約束したのであれば何の罪も無い。

 

 結局今回の贈与が判明し、鳩山首相はその分の贈与税を支払うことで、この件は完全に終わったのである。

 

 今から始まるのは、野党の国家元首に対して「犯罪者呼ばわり」や、一部マスコミ関係の小沢幹事長、鳩山首相に対する犯罪者と思わせるような世論操作?に対する名誉毀損だ。

 

 それはそうと、麻生前総理のときは「漢字」の読み間違いなどをこれでもかこれでもかと攻めまくったマスコミが、今度は小沢・鳩山首相を引き摺り下ろそうとする。

マスコミは一体どのような政権を期待しているのだろうか。

 なぜ「国会は警察ではない。早く予算審議を始めて欲しい。」などと、言わないのか。

 

そして、何度も言うが、日本人はどうしてそんなにせっかち?なのか。「今までの政治はいやだ」と政権交代を望んで、半年でパッと『ばら色』の世の中に成るはずが無い。今まで60数年間苦しんできたのだから、もう少し様子を見ましょうよ、と言いたい。

■今年は西暦でいえば、2010年ですが、では日本は何年なのか。『平成22年』とは今上天皇の世である元号であって、実は国としては2670年で、何と西洋より660年も早く、すでに27世紀後半を迎えていることになります。

 

211日は『建国記念の日』で祝祭日ですが、この日こそ日本の建国の日として、明治5年(1872)に明治政府によって定められ、当初は129日とされましたが、翌年3月『紀元節』と命名、同年10月、その日を211日に変更されました。

 

それは、日本書紀の『神武紀』に、神武天皇が初代天皇として、奈良の橿原で即位、『始馭天下之天皇』(初めて天下を治めた天皇)とされているのが、辛酉(しんゆう)の年二月十一日と記され、その後の各天皇紀の年数から逆算すると、その年は西暦では紀元前660年で、何と、諸外国の西暦元年(キリスト誕生)より660年前と宣言したのです。

 

明治政府は、歴史の永さによる国民への誇りを持たせ、諸外国に対して『威信』を示す『紀元節(建国記念日)』を制定したことは、当時の日本人にとって大きな『ステータス』となったことでしょう。

 

そして今から70年前、(講談社『昭和』より一部抜粋)

◆真珠湾攻撃のちょうど1年前、昭和151110日、宮城前広場において、政府主催の『紀元二千六百年式典』が開催された。式場には、三ヵ月がかりで造営された杉皮葺寝殿造りの式殿が設けられ、その中央には四曲一双の今屏風「玉座」「御座」が配置されていた。左右には、枢密院議長、各内閣参議、特命全権大使、陸海軍各大将、貴・衆両院議長はもちろん、外国使臣として、J・グルー米大使、C・アンリ仏大使、E・オット独大使、M・インデルリ伊大使らの夫人同伴で出席。

 入場した天皇・皇后は、まず皇后が首席国務大臣金光厚相の先導で着席、次いで近衛首相の先導で、陸軍軍装の天皇が玉座に着いた。

式典は、全国にラジオ放送がされ、日本津々浦々で全国民が『紀元(皇紀)二千六百年』を祝した。

 式場では、近衛首相が、「一系連綿正に紀元二千六百年」とうたいあげ、日本の使命は、「東亜の安定・世界の平和」と結んだ。

 

紀元二千六百年が『大ボラ』なら、米、仏、独、伊などの大使は本国に何と報告したでしょうか。結局誰もケチを付けなかったのです。

 

■しかし終戦後、昭和23年(1948)『建国記念日(紀元節)』は新『日本国憲法』の理念にふさわしくないとして廃止されましたが、昭和41年祝日法改正に基づき、佐藤栄作内閣で、翌昭和422月、211日を『建国記念の日』とすることを政令交付し、事実上『名称』も『日付』も復活して、今日に至っています。

それは海外から、「歴史的根拠もない建国記念日などと、戦争のダシに使った思想を使うな」とは今もお叱りは無いのです。では自他ともに認める日本国の歴史は今年2670年となります。

 

 当時は『神国』史観があり、それが軍国主義とつながり、引いては多くの国民が被害を被ったともいわれますが、『皇国』史観を持っていたのはほとんどの国民でした。国民は常に国家に対して『尊厳=拠り所=アイデンテティ』を求めて生きているからです。「だまされていた」という人もいるようですが、そういう人は、自ら信じて『霊感商法』に引っかかった挙句、『被害者意識』になるのと似ていて、それは戦後民主主義に逆洗脳された、何でも『人のせいにする人』達ではないでしょうか。

当時のこの祭典を経験した人たちのお話しを聞くとほとんどの方が、「この国は世界一歴史の長い素晴しい国だと思った」と当時の思い出を語られます。

 

■ところが、これからが、ひねくれ者の私の歴史観です。本当に神武天皇の即位は紀元前660年(辛酉の年)だったのか、という疑問です。

 

魏志倭人伝によると、魏の正始元年(西暦240)帯方郡使卑弥呼に会う。とされていてその状況はご存じのとおりです。となると、あの書かれている倭の状況よりも、約900年も前に、奈良で国家が成立していたことになります。それは小学生が考えてもありえないことです。

 

というのも神武天皇率いる大和民族が、900年経っても九州は、「倭人ほとんどが裸で、皆鯨面(入れ墨)す。」の様な、進歩しない訳がありません。そうです、本当の『建国記念日』とは、他にあったのです。

 

魏の、卑弥呼が死ぬ直前の記録(正始二年・241)も辛酉の年です。(当時の年数表現は中国と日本は同じ)記・紀には卑弥呼の辛酉は書かれていません。

 

◆神武紀「始馭天下之天皇」辛酉(紀元前660年)

◆崇神紀「知初国之御真木天皇」(初めて国を治めた崇神天皇)辛酉(241年)

ということは、卑弥呼を殺したのは崇神天皇?=クナ国王。

何と、初代神武天皇から十代崇神天皇、二人の天皇が900年を隔てて、同じ『辛酉・初めて国を治めた』ことになり、『本物はどちら?』かです。

 

もう一つ辛酉の年に大きな出来事が起きています。

それは、大化改新=大阪大戦争後、辛酉(660年)中の大兄王子が天智天皇に即位。そして国名を倭から「日本」にしたことです。(中国に報告)

つまり、神武天皇は天智天皇をモデルにして、132022還暦、歴史をさかのぼらせたものです。『辛酉』は60年周期(還暦・十干支)で巡ってきます。

 

私は、本当の建国記念日は西暦660年だと確信します。

しかし、それを追求しても何の得にもなりません。それよりも古代人の頭脳に敬服し、それは趣味のこととして楽しみます。

 

◆日本書紀、古事記が八世紀我が国の歴史書として編纂されたとき、紀・記編集者(時の権力者)は、これから何千年も後まで効力を持つであろう、『国家の歴史(成り立ち)』は、誇張しなければ国際社会(中国)からも、国民からもなめられて、国家存亡に関わるということを分かって、わざと細工をして発表し、今にまで残してくれたから、日本がこの小さな島で冠たる独立国として営々と存続してきたのです。

 

明治政府も、紀・記の『ハッタリ?』である『真の辛酉』を解明していたから、愛国心、外交など『国家存続の究極テクニック(歴史に勝つ武器は無い)』と、『建国の日』を宣言したと思います。

 

ところが、戦後60数年経ち、「建国記念日」は単なる昔話か単なる休日と化しているようです。

今年の『建国記念の日』を迎えるに当たり、みんなで、日本は『建国以来2760年』を迎えたことを噛みしめましょう。

そうすることで、世界中が日本の歴史の悠久さを改めて羨ましがることでしょう。中国は統一国家としてはつい近年で、アメリカの『歴史の薄さ』は根本的に脱することの出来ないコンプレックスなのです。

 

日本人は歴史を武器(誇り)に、胸を張って堂々と世界を相手にしていきたいものです。

 各種テレビ番組や新聞で、小沢氏の「説明責任」に対する世論調査?の結果が報道されていますが、読売新聞では「果たしていない」、「どちらかといえば果たしていない」を合計すると何と90%を超すという。

 

みのもんた氏司会のTBS「朝ズバ!」では買い物などでの通行人やサラリーマンに赤丸シールのようなものを貼らせていたが、やはりほとんどが上記のような結果でした。

 

その結果を見て第一に感じたのが、日本人は何と頭の良い人が多いことかと驚いたことです。何が「頭がいい」かと言えば、「政治資金規正法」の「記載漏れ」、「虚偽記載」、「銀行融資はマネーロンダリングだ」、とか...... 

 

 私は、政治資金規正法では何をどうしなければ犯罪になるのか、詳しい法律(条項)の内容は熟知していません。ところが、あの老若男女の通行人などはみんな、その法律違反の内容を理解して、「今のままでは納得できない」と怒って(?)いるのでしょう?

 

 だとしたら、おそらく世界一民度が高いのではないでしょうか? 

 約90%の人が法律の内容を理解して、違法性を疑っているから、無罪である納得できる「説明」をしなさい、と要求していることになります。

 

もしその法律の内容がよく分からないのであれば「分からない」と答えるだろうし、さらに徹底的に詳しい人だったら、「逮捕自体がおかしい」となるはずです。

 

 そして、法律の専門家であるはずの検察が『不起訴』にしても、さらに調査はエスカレートして約70数%の人が、「幹事長辞任」や「議員辞職」までをも要求するということは、「裁判」(有罪判決)まで下すのです。

日本人はものすごい人種だと思います。

 

結局、日本人はマスコミによって意見が左右されるのではないでしょうか。ということは、マスコミは小沢氏や鳩山総理および民主党政権は何か不利益になるということです。

それは一体なんなのかよくわかりません。

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